総括
ブクログでの前評判、内表紙の「限られた命を懸命に生きる姿が胸を打つエッセイ」という一文、草思社という初めて聞く社名。全てがときめきを加速させる。名作の予感を持ちながら、ページをめくり始めた。
文章が無駄なく、それでいてみずみずしさを感じる。まさしく自然や動物のような文章。
その中に、筆者の愛と好奇心を感じる。それは決して大いなる流れに逆らうこと無く、佇むような印象を与える。
知識としては知っている生き物の死に様。セミの死体を何度見たか分からない。けれど、そこに心を向けたのは初めてだ。
本を通じて世界認識を再構築できた時、読書家でよかったと思う。それは紛れもなく読書の醍醐味の1つ。それをさらりとやってのける作者の力量に感服。
生き物の死にざまという切り口はとても変化球なのだけど、読書家をあっさりと満足させてしまう完成度だった。自信を持って人のオススメできる一冊。
各論
各章ごとのメモ書きと感想。
1. セミ
実はよくわかっていないことが多い。
2. ハサミムシ
厳しい自然界において、子育てとは、子どもを守り育てる強さを持った生物にだけ許される特権。
3. サケ
あまりに身近な魚だけに、改めてその長い旅路に思いを馳せると、感慨深いものがある。
4. アカイエカ
蚊の視点でこんなにもハラハラさせてくれるなんて。
5. カゲロウ
儚いイメージのあるカゲロウ。 成虫すると口を失い、食事はしない。ただ繁殖のためだけに生きる。 大きな群れをつくり、コウモリに捕食されながらも、捕食を免れた生体は繁殖を行う。なんて、過酷な世界だ。
6. カマキリ
ファーブルが詳らかにした、カマキリのメスは交尾を終えたオスを捕食するという生態について。 オスは案外逃げ切る。捕食される確率は1割~3割ほど。 そして捕食したメスはより多くの子を産むという事実もある。一見残酷ではあるのだけど、種の繁殖という点からは、どちらが良いことなのか。「かわいそう」というのが、人間の一面的な感情であることを知る。
7. アンテキヌス
有袋類のネズミ。 有袋類と有胎盤類はある時から枝分かれして進化している。コアラは有袋類であり、対応する有胎盤類がナマケモノ。
生きることのシンプルさを教えてくれる。
8. チョウチンアンコウ
メスが体長40センチであるのに対し、オスは4センチほど。 オスはメスを見つけると体を同化させる。ヒレも目も退化し、精巣を発達させる。繁殖という点では、これほど効率的なことはない。
9. タコ
魚類ではメスよりもオスが子育てをするケースが多い。捕食リスクの高い海の中では、より多く産卵した方がいいため、メスは子育てをしないと推測されている。 タコはメスが子育てを行う、珍しい生き物。しかも、交尾は生涯で一度切り。 オスは交接を終えると死に、メスはその後数カ月餌も食べずに卵を守る。孵化するとメスは死に絶える。
10. マンボウ
自然界では、天寿を全うすることなどほとんどできない。砂浜に打ち上げられたマンボウはある意味では幸運。
11. クラゲ
クラゲには、ライフサイクルがある。 ベニクラゲは不老不死。
12. ウミガメ
ウミガメが産卵する砂浜がなくなってきている。また、月光ではなく街灯に惑わされたウミガメの子どもは、海とは違う方向に向かってしまう。 環境問題ゆえの死に様は悲しい。
13. イエティクラブ
ルカ=全生物最終共通祖先。最初の生命。 地球の海の底の、不思議な生態系に胸踊る。
14. マリンスノー
マリンスノーとは、死んだプランクトンが降り注ぐ様。マリンスノーの堆積は、長い年月をかけて地層となる。 悠久の時を感じてしまう。
15. アリ
アリと蟻地獄について。 彼らのサイズと、時間感覚を体験したかのような、巧みな文章。我々にとってはミクロで一瞬の出来事でも、彼らにとっては奈落の死闘なのだ、と気付かされる。
16. シロアリ
女王アリの最期は悲しい。コロニーの移住に関して、体の大きい女王アリは働きアリに運ばれる必要がある。けれど、副女王が選ばれて捨て置かれる可能性もある。
17. アブラムシ
アブラムシは、生まれながらにして戦闘力をもつ。生まれながらの兵隊アリ、ならぬ兵隊アブラムシ、
21. ニワトリ
もともとは東南アジアの野鶏と呼ばれる鳥を改良したのが、食肉用の「ブロイラー」、いわゆるニワトリ。野鶏が10~20年生きるのに対して、ブロイラーは40,50日で出荷される。その間、真っ暗な鶏舎の中で、ひたすら食べて、動かず、太るだけ。 食肉を否定するわけでも肯定するわけでもなく、隠匿されて忘れがちな現実を思い出させてくれる。中立的な立場から静かに語るような文章が好きだ。
28. オオカミ
オオカミとは大神、神として崇めれていた。風向きが変わるのは近代以降。西洋から持ち込まれた狂犬病に感染したオオカミは、人から憎まれる存在となった。 種の絶滅について書かれる。当たり前だけど、1度絶滅した動物は二度と蘇らない。
29.ゾウ
最終章。ゾウは死を意識しているかという話。 「生き物の死に様」という書籍の締めくくりとしてなんとも相応しいフィナーレ。
あとがき無く終わる本書の、なんと潔いことか。
星評価
★★★★★