日々是書評

書評初心者ですが、宜しくお願いします ^^

【公正を貫くということ】下町ロケット - 池井戸潤

レビュー

読書家を名乗っている割りに、自分は池井戸潤を読んだことがなかった。

もちろん、池井戸潤の名前は知っていたし、ドラマ化や映画化するほど人気だということも知っている。

ここらで1冊読んでおこうと、そう思い手に取ったのが「下町ロケット」。直木賞の受賞作であり、池井戸潤の代表作だとも言われる。

いざ読み始めると、無視できない違和感が。

あまりにも分かりやすすぎる。中小企業の人間は心温かい努力家たち?銀行員や大企業の人間は横柄で悪人…?そんな構図が分かりやすく、少し胃もたれした…。

が、それでも諦めずに読み切ってよかった。違和感は終始あったものの、それを上回る小説としての出来栄え。

主人公の佃はロケット部品の元開発者。現在は父親の起業を継いで、佃製作所の社長をしている。そんな佃製作所に対して、ナカシマ工業という大企業が訴訟を始めるところから、物語は始まる…。

知財の侵害を主張するその裁判は完全なる無根拠。ナカシマ工業によるいわゆる「中小企業潰し」。

ナカシマ工業の人間はまぁ嫌らしく描かれる。結果として有能な弁護士を味方につけることができ、佃製作所は裁判に勝った。

正直な心境として、良かった、と思っている自分がいた。

その後、帝国工業という大企業が佃製作所に接触を試みる。佃製作所はその実、非常に優良な企業だった。技術力は高く雰囲気も良い。そのことが帝国工業の視点で描かれる。

うーむ、読者を引き込む上手い構成。

ロケットを製造する帝国工業としては、佃製作所の「バルブシステム」が欲しい。買収や使用権の契約を持ちかけたものの、佃製作所は納入を申し出る。つまり自分たちが作って提供したい。

そのことに対して、社内からは不満が表れる。使用権ならば知財ビジネスとして楽に稼ぐことができる。社長はワンマンだという不満。なるほど、中小企業の苦悩を見た思い。

しかし帝国工業は内製にこだわる。そこから、逆境とも言える挑戦が始まる…。

そこからはエンディングに向かって、困難にぶつかりつつも上昇していくという、大衆小説にありがちな王道パターンを踏襲している。



総評としては面白かった。

まず、池井戸潤の文章は良い意味で個性を感じさせない。物語ることに徹底して無我な文章だと感じた。

物語の構成も悪くなかった。まず、理不尽な訴訟で読者を共感させる。そこから大企業への「バルブシステムの納入」という逆境を描く。

それから中小企業が置かれる不利な環境にスポットライトを当てたのは、非常に意義深いと思う。弁護士の探索、特許の堅牢化、資金源の多角化など、中小企業が生き残るにはやるべきことが多い、というより規模に対して負担が大きいのだとよく分かった。

ソフトウェアエンジニアとして働く自分としては、知財の問題や営業との軋轢など、無関係とは思えないような問題が描かれていて、その点も惹きつけられた。

そして最後に、物語の核は「公正であること」だと思い至る。

佃製作所が数多の逆境を乗り越えることができたのは、技術力や運だけのおかげではない。数字や結果や原因究明に真摯だったからこそ、という側面はあったと思う。見栄や打算を超えたひたむきな姿をこそ、描きたかったのかもしれない。

佃の娘がその姿を見て学ぶというのが象徴的しているように、読者もまた、公正であることの重要さを学ぶことができる。

さすがの直木賞を受賞作。構図の分かりやすさに少し辟易とする読者もいるだろうなと思いつつ、文句のつけようのない良作。

星評価

★★★★★

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