日々是書評

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【心に強く訴えかけるSF短編集】母の記憶に - ケン・リュウ

総評

ケンリュウ3作目のSF短編集。大いに期待しながら読んだ。

SF短編集として扱うテーマは手広い。

時間旅行、異星の古代文化、戦争マシンと生命倫理、AI と人間のあり方、超能力と正義、身体拡張。

様々なテーマで楽しませてくれるので、飽きることなくサクサクと読んでいける。幅広くSFの各分野に触れてみたい初心者にぜひオススメかもしれない。

SF作家としてシンプルに力量が高い、と感じる1作。

しかし正直なところ、SF的な完成度は高くはない。それぞれのテーマはどこか既視感がある。

そんな本作を傑作たらしめるのは、ひとえにケンリュウの人間愛ゆえ、かもしれない。

例えば、「残されし人々」は「人格のデジタル化」を描く。電脳世界で永遠の命を得る人々と、それに抗う物質世界の人々、という構図。

どこか見覚えのある設定。それでも夢中になってしまうのは、人間の感情というものが良く描かれているから。人間の喜怒哀楽がしっかりと織り込めているので、心にまで訴えかけてくる。

特に最後に収録された「レギュラー」はあまりにも秀逸。久しぶりに「泣けるSF」に出会うことができ、大きな充足感に包まれた。

SF短編集として良作である以上に、小説として、物語として傑作。ケンリュウの底知れない魅力を再確認できる1冊。

各論

以下、各エピソードのメモと感想。

母の記憶に

表題作。

寿命が長くないことを悟った母親は宇宙のたびに出る。そして7年ごとに、娘に会いに帰ってくる。相対性理論を味方につけた母親はいつまでも若いまま。いつまでも娘に会うことができる。

冒頭からケンリュウらしさが全開。

重荷は常に汝とともに

面白かった。

ルーラという惑星のお話。考古学者のフレディは、交際している会計士志望のジェインを、惑星ルーラの考古学調査に誘う。

ルーラについて分かっているのは、ロマンチックな叙事詩。これはクローヴィスという年配の考古学者が発見し、翻訳を行ったもの。

しかし、ジェインはそれが叙事詩ではなく、税法を述べているのだと気づいてしまう。「貧しき者の〈重荷〉は、子どもが生まれるごとに軽くなる」という一文とは、所得制限付きの児童控除のことだと確信する。

それでも、クローヴィスはそれを認めない。名声を失いたくないという事情もさることながら、人々の関心が薄れ、研究開発費が細ることを恐れた…というのは現実的で面白い。

まったく門外漢だったはず分野の中に、自分の専門性を活かす好機に恵まれたジェイン。その感情の高ぶりがなんともリアルに伝わってきて、夢中になれた。

ループの中で

面白かった、と言っていいのか分からないけど、名作だと思う。

主人公のカイラは幼い頃に父親を亡くしている。父親は軍人だったが、重責に耐えられず徐々に狂って死に至った。

大人になったカイラはプログラマとして軍需産業に従事する。戦闘機械の「倫理部分」の開発を担当することとなる。

倫理部分とはつまり戦地において「この人間を殺すべきか」どうかを判断するロジックのこと。それをプログラミングする。それによって、人間を殺生の判断から解放することができる。かつての父親のような悲劇をなくすことができるかもしれない。それがカイラのモチベーションだった。

しかし、現実問題として、過激派は子どもに爆弾を持たせて特攻させるようになった。子どもは倫理判断において、高得点を加算される。つまり、殺すべきではないと判断されやすい。

カイラはその問題を受けて「微調整」を行った。その結果として今度は、無実だが挙動が突然な子どもが殺されることとなった。

父親と同じ道を辿ってしまったカイラはあまりにも不憫。そして殺戮の倫理プログラミングは決してフィクションではなく、差し迫った現実として人類が対峙すべき問題。

状態変化

魂が物質に宿るという設定。

主人公のリサは氷に魂が宿っている。なので、氷が溶けないように絶えず神経を尖らせている。他には、蝋燭、タバコ、塩など様々。

SFというよりはファンタジーに近い。事実、作者コメントにて、ライラの冒険をモチーフにしたとのこと。(残念ながらどんな映画か忘れてしまった…)

氷なんて(つまり命なんて)どうでもいいと吹っ切れて、自分に正直になったリサは良かったね。結局、「状態変化」が起こってリサは死ななかった、というよくわからないオチ。

元ネタに詳しいと楽しめるのかも。

パーフェクトマッチ

面白かった。し、現代に警鐘を鳴らすような内容だった。

センティリオンという検索企業があまりに強大になった世界のお話。人々はセンティリオンのもたらす情報の中で暮らし、さらにセンティリオンの開発したティリーというAIにべったりと依存して生きている。

主人公のサイは、隣人のジェニーの影響で、自身のティリー依存を自覚する。ジェニーの放った言葉はフィクションの枠組みを超えて現代人に刺さりそう。

「ティリーはあんたに、何を考えるべきかまで教えてるのよ。あんた、自分が本当に何をほしいのか、今でもちゃんとわかってるって言える?」

それから、サイとジェニーは協力してセンティリオンの崩壊を目論む…という短編にしてはテーマの大きいお話。

きちんとまとまっているし、没入感がある。良作。

カサンドラ

うーん、なるほど。

超能力系のお話。主人公は事件の未来予知ができるようになり、それを事前に阻止しようと紛争する。一方で、スーパーマン的なキャラクターが登場し、主人公を諌める。曰く、未来は過去にならないと分からない。

強引に阻止すれば主人公が糾弾されることになり、看過すればなぜ見逃したとなる。主人公の葛藤はよく伝わってきた。

残されし人々

SFとしてはありがちなテーマかな。

人々の意識をデジタル化し、永遠に生きられるようになった世界を描く。デジタル化すると元の肉体は機能しなくなるので、それは現実世界での死を意味する。

主人公は壮年の男性。かつて、父親が母親を強引にデジタル世界に連れて行った、という過去を持つ。

現実世界にしがみつく主人公は、妻と娘に対しても、この世界の素晴らしさを説く。

ある日娘は嘘をついて抜け出す。ボーイフレンドと共にデジタル世界へ旅立とうとする。それを阻止しようと駆けつけた主人公はしかし、娘の顔立ちの中にかつての母親の信念を見た。

SFとしてはよくあるテーマなのだけど、人間の感情というものがよく織り込まれている。ケンリュウらしい一作。

上級読者のための比較認知科学絵本

やや難解。

宇宙の持つ無限遠の時間と空間について。そして知的生命体について扱ったお話。

話の合間には、化学知識を盛り込んだ空想上の生物の描写が挟まれる。これが良いスパイスになっているのだと思う。

だけど話の核にはやはり、人間愛を感じてしまい、これもまたケンリュウらしさを感じる1作。

レギュラー

あまりにも傑作。この1作のためだけに本書を買っても良いくらい。

SFとしてのギミックは難しくはない。未来の設定だと思うけど、本作が扱うギミックは「身体拡張」。

主人公のルースは49歳の私立探偵なのだけど、ゴリゴリに身体拡張をしている。まず、「調整者」を搭載し、感情抑制が働くようにしている。これによって、感情に左右されずに冷静に職務遂行ができる。

さらにルースは調整者を通じて化学分泌をコントロールし、人造パーツの性能を最大限まで引き出すことができる。

そんな主人公がとある事件の依頼を受け、単身捜査を始める…というサイバーパンクなミステリー。

100ページながらもきちんと世界観があり、海外ドラマ的な物語には夢中になれる。

ルースが他人以上に調整者に依存するのは過去のトラウマを和らげるため。過失で娘を失った過去の重みに耐えかねているから。

そんなルースが最後には、トラウマを克服するシーンがたまらなく良い。そう、この事件はつまり、ルースの克服の旅路だった。キャリーを守って終わる過不足の無さも素晴らしい。

さらに、複数のテーマを含んでいるのも良い。

性産業の被害者が軽んじられることについて。中国の体制の脆さについて。アメリカにおける中国人コミュニティについて。

これが本作に厚みを持たせ、読者に愛着を持たせる。

紛れもない傑作。1年に1度出会えるかどうか、という完成度の高さ。

星評価

★★★★★

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