レビュー
この物語は果たしてハッピーエンドなのだろうか。自分にはとてもそうは思えなかった。
瑠璃子は夫の不倫と暴力から逃げるようにして、林の中のペンションにやってきた。そこで新田というチェンバロ製作者と出会う。
瑠璃子はまもなく新田に恋に落ちる。新田と初めて肉体を重ねるシーンは非常に印象的。
時間が恐ろしくゆっくりと流れるシーンだった。その瞬間の音、色、光は細やかに描写され、感覚が精緻化されてしまう。スローモーションになった場面は1枚の絵になって強烈に記憶に残った。
そして新田もまた傷を負った人間だった。子ども時代からピアノの英才教育を受け、抑圧されながら育った。そしてある日、人前で一切楽器が弾けなくなる。
だけど、薫という女性の前では不思議とチェンバロを弾けてしまう。
それを遠巻きに見ていた瑠璃子。演奏していたのは「やさしい訴え」。新田と薫の強固な精神的な結びつきを見せつけられ、打ちひしがれる。とても表層的な、肉体的な関係で満足していた自分が惨めになる。
そのあたりから夢中になって読んだ。ただ美しいだけの小説ではなさそうだと分かってくる。
暴走する瑠璃子。新田と薫の愛犬を取り上げて、殺してやると言い放ち誘拐する。
そんな瑠璃子がどこか微妙に自分と重なる。それはきっと愛着障害っぽい部分がある僕の心が泣いているからだ。
瑠璃子と新田は二度目のセックスをする。二度目のそれは荒々しく、前回のような優しさはなかった。
新田はきっと自分の抑制が効かず、どう生きていけばいいのか分からない。内面が未熟で子どものままなのかもしれない。
それにつけても、薫という女性は瑠璃子にとって残酷だ。性格が悪いかどうかは分からない。それは語られない。彼女自信も傷を負った人間ではあるけど、瑠璃子に対する真意は語られない。
薫は泣きながら、瑠璃子の胸の飛び込む。もう大切な人を亡くしたくないと泣く。だから新田から離れてほしい、ということ?こんなのってズルい。正々堂々ととどめを刺しに来る感じ。
そして新田もまた薫が「好きだ」と言う。
新田さん、薫さん。あなたたちは本当に未熟で残酷で、ナチュラルに人を傷つける人たちだよ。
悲しい事件が起こらずに済んだのは、瑠璃子が一段大人になったからだ。そして瑠璃子をサポートしてくれた人たちがいた。
瑠璃子に東京での仕事を斡旋してくれる先輩女性。そして溢れ出た涙を受け止めてくれたペンションのママさん。二人がいてくれてよかった。
この物語はハッピーエンドではない。だけどこんなにも長い書評を書かせるのだから、ある程度の良作であることは確かなのだと思う。
この小説を「やさしい」「うつくしい」と涙する人がいることも分かる。救われる人もいるかも知れない。そう思えない自分はきっと、ラッキーな人生を生きてきたんだと思う。
小川洋子さん。うーむ、初めて読んだけど、なかなか評価の難しい作家だ。
星評価
★★★☆☆