レビュー
お酒の経済学。大学で経済系を専攻し、そしてお酒が好きな自分にとっては、なんとも気になるタイトルである。
内容については、予想していたよりも平易。経済学と言いつつも、大部分は日本のお酒についての解説。国内の酒事情について、その辿ってきた歴史と現状、そして未来と海外展開について述べられる。
「規模の経済」や「代替財と消費財」など、いくつかの経済学的なワードが出てくるものの、きちんと解説があるので初学者でも問題なく読めると思う。
「日本酒、ビール、ウィスキー、焼酎、RTD」と大きなカテゴリで分けて解説されるので、全体像が把握しやすい。(RTDとはサワーやチューハイのこと)
何よりも、筆者のお酒愛が伝わってくるようで、読んでいて気分が良かった。
総括としては、お酒について体系的に扱った貴重な1冊。酒好きの読書家の必読書と言えるかもしれない。
引用・抜粋
第一章 日本のお酒の現在
高度成長期、お酒の主役はビールと日本酒だった。焼酎はまだ「国民酒」ではなかった。
飲酒適齢人口の増加と冷蔵庫の普及が、ビールの追い風となった。
飲酒適齢層と飲酒率は、1990年代にピークをつける。また、所得の低下も酒類への向かい風となっている。
所得と酒類の関係について、高所得であるほどワイン日本酒ウィスキーなど幅広い酒類を消費する傾向。
また、経済的な理由以外にも、健康意識の高まりといった、社会的な向かい風もある。
酒類の販売量は落ち込んでいるものの、選択肢は多様化している。
明治時代、酒税は税収の中でも最大だった頃があった。(現在の最大は所得税)
酒税は酒類によってバラバラで、そこに経済学的な根拠はない。純粋な政府と業界の政治的プロセス。
国際比較したとき、日本はビールの酒類が突出してる。
酒類には免許制度がある。が、実際には参入障壁がある。
酒類においても、EPAとGIが存在する。関税を優遇したり、ブランド保護が可能となる。
第二章 日本酒(伝統と革新)
ワインやビールと比べて、日本酒の醸造は複雑。
複雑なものをシンプルにするのが、経済原則。軟水醸造法や、乳酸を直接投入する速醸法が開発され、複雑さは軽減された。
戦後、酒造メーカーの数は減り、少ないメーカーが多くの量を醸造するようになった。また、高度成長期には、大量生産に適合的な製造システムと雇用システムが日本酒業界に浸透した。
1973年をピークに、日本酒の売上はビールやウィスキーに越されることになる。食の欧風化や、外飲みの機会変化などが原因。また、どこも同じような日本酒を造る、というコモディティ化が起こった。
獺祭で有名な旭酒造は、一時は生産量が激減したものの、生産を純米大吟醸に絞り、海外に営業をかけた。これにより、便益ポジションという、優位性を確立した。
日本酒業界において、イノベーションは生まれているものの、若手中堅経営者によるものが多い。参入障壁があることは事実なので、いびつな構造であることはたしか。
第三章 ビール(「新ジャンル」と「クラフト」との狭間で)
世界のビールの歴史はかなり古い。産業革命時に、産業化・大規模化が進んだ。
日本では明治2年に横浜からビールの歴史が始まった。その後、紆余曲折を経て、キリン、アサヒ、サントリー、サッポロ、そしてオリオンの5大メーカーとなる。
ずっとキリン1強だったものの、国会と世論からの独占への批判があり、キリンはシェア拡大を控えた。アサヒはスーパードライを発売し、キリンからトップシェアを奪った。
ビールに加えて、発泡酒と第三のビールが登場。第三のビールはさらに、その他の醸造とリキュールの2つに分かれる。
地ビールは小規模生産者が多く参入し、質が低いというイメージがついた。ものの、クラフトビールブームにつながっていく。
大手ビールメーカーがラガータイプのビールを生産しているのに対し、クラフトビールの多くはエールタイプ。
第四章 ウィスキー 国内外人気の光と影
ウィスキーの発祥はイギリス、アメリカ、カナダ、など。
日本のウィスキーは、サントリーとニッカがその知名度を上げた。
世界のウィスキー市場はビール以上に寡占的。
近年ウィスキー需要が回復し、ハイボールブームと海外需要の拡大が原因。
ウィスキーは「貯蔵」という肯定があり、すぐに販売できない。ので、新規参入にはある程度の資金力が必要。参入したのは、まず既存酒類メーカー。日本酒と焼酎のメーカーが参入した。それから、新興の蒸溜所。
日本で売られているウィスキーの中には、海外産なのに国産であるかのように販売されているものも。これは、酒税法からみて違法ではない。日本国内で貯蔵・ブレンドすれば、日本製品となる。これは情報の非対称性を利用しており、是正されるべき、と筆者は考える。
第五章 焼酎(3度のブームと停滞する現状)
日本最古の焼酎は、15世紀初頭の琉球王朝時代の泡盛と言われる。
焼酎の第一次ブーム。焼酎が「労働者の酒」から都会のホワイトカラーの酒にもなった。そば焼酎の開発も注目される。
第二次ブーム、麦焼酎が酒質のソフト化と風味のライト化の要件を満たした。最大のヒット商品は「いいちこ」。
第三次ブーム。日本の酒税法がウィスキーに対して焼酎の6倍の税率格差を設けているのは不当、というEUの批判とWTOへの提訴があった。これにより97,98年に酒税法が改正され、ウィスキー減税と焼酎増税となった。
しかし、今回は芋焼酎が躍進。特に霧島酒造の黒霧島がブームを牽引。日本史上初めて、2003年に日本酒の消費量を焼酎が凌駕した。
いいちこの三和酒類、黒霧島の霧島酒造の巨大化は、規模の経済で説明できる。
米とくらべて、芋や麦は安価。
ブーム後について。アルコール市場の階層構造の中で、焼酎は中の上といったところ。上位には日本酒やウィスキーがあり、下位にはハイボールやレモンサワー。挟み撃ちにあっている状態。
第六章 グローバル化(現状と課題)
日本酒の海外への輸出について。北米市場は老舗が、アジア市場は新興が、進出する傾向にある。白ワインの亜種、というブランディングは悪くないが、独自カテゴリとして認識してもらえるかが課題。 世界の魚の消費量は増えている。酸化を促進するワインは魚の臭みを増してしまうので実はそれらの相性は良くない。食べ合わせがポイント?
ビールのグローバル化について。日本のビールはやや高級酒という位置づけ。アメリカではクラフトビールが金額ベースで20%ものシェアを占めている。この流れはアジアの高所得地域にも波及する見立て。
ジャパニーズ・ウィスキーの国際的な知名度は高く、さらに輸出されるウィスキーの価格は、国内のそれよりも平均的に高い。(フランス人は家で飲む。)日本の大手メーカーは垂直統合方式なので、需要増に柔軟に対応できない。しかし、新規参入のウィスキーメーカーがその補完的役割に。
焼酎について。先の3種に比べると芳しくない。ただ、霧島酒造は高級品の食中酒として、三和酒類は食後酒として打ち出す、など独自路線を模索。
終章 日本のお酒はこれからどうなるか
チューハイやサワーといった、RTD(ready to drink)について。20年以上伸び続けているマーケット。中でも、7%以上のアルコール飲料の伸びが大きい。また、レモンRTDが37.5%を占める。ベースが焼酎からウォッカに変わってきている。
エキス分が2%以上なら「リキュール(発泡性)①」、それ未満なら「スピリッツ(発泡性)①」となる。 RTDは補完財でも代替財でもない、と筆者は考える。つまり、それ単体での需要。
筆者は参入の規制緩和が必要であると説く。また、海外展開についても「守り」ではなく「攻め」が重要、とも。日本の酒の多様さを、あるがままに輸出するのが良いかもしれない。
星評価
★★★★☆