日々是書評

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【頼り頼られて生きていく】相模原障害者殺傷事件 - 朝日新聞取材班

レビュー

本書が取り扱うのは、2016年に相模原市で起きた殺傷事件。書き手は朝日新聞の記者ら。

生産性と生命に関する話題が絶えることはなく、むしろますます熾烈さを増しているように思う。それがこの本を手に取った理由かもしれない。相模原が自分の地元である、というのも関心を引くポイントではあった。

果たして、事件の取材本というものを初めて読んだ。なるほど、このような読書体験なのか…。

事前の想像よりも遥かにリアル。 被告の子ども時代、事件に至るまでの道のり、事件の当日の様子、そして裁判での審理と判決。 それぞれが、強力な具体性をもって描かれる。

記者らの取材と調査の綿密さには頭が上がらない想いがする。


事件の内容については、判別が難しい。確かなのは、狂った人間による猟奇的な殺傷事件ではないということ。

被告が「普通」の人間であったことは、この本を読めば分かる。転機となったのは、被告が障害者施設である「やまゆり園」で働き始めた頃。

勤務から2~3年が経ち、被告は「重度障害者は生きていてはいけない」という発想を持つ。

被告がその発想を強めていった遠因として、ドナルド・トランプや映画「TED2」があった。過激な発言や内容が加害思想を助長しうるのだと、そのことが衝撃的だった。


本書の中盤では、裁判における被害者家族の証言が紹介される。証言では、彼らが障害者である家族を大切に思っていたことが分かる。

しかし、それは受け手としての施設があってこそ。日常的なケアを委託できて適切な距離をおけるからこそ穏当に過ごせるのだと、そのように思ってしまった。自分は露悪的な人間だと思う。

だからこそ、労働環境が改善されてほしいと思う。障害者施設に限らず、医療機関介護施設など、命の最前線を守る人間の給料が安くて良いわけがない。待遇が悪いのは納得できない。

被告を悪者にするだけなら、あるいは綺麗事だけ述べて現場が改善されないのなら、意味がないと思う。類似の事件の再発は防げない。

被告は「楽しそうな人生を送れば、事件は起こさなかった」と語った。

自分が障害者施設で働いたら、どのような想いを持つだろうか。被告と似通った思想が誘発されないとも断定できない。それが差別感情、優生思想の恐ろしいところだと思う。


社会学者の最首悟さんは「被告が否定したのは人間の、頼り頼られて生きるという性質」と語る。

人間の、頼り頼られて生きるという性質

この言葉に出会えて良かったと思う。この言葉こそ、優生思想的な昨今の事件へのアンサーだと思う。

188ページの最首さんの言葉と、267ページからの著名なジャーナリストや学者の方の意見はとても同意する部分が多かった。


また、裁判について新しい洞察も得られた。裁判は量刑を定めるのみにあらず。事件の背景に横たわる、社会的な問題を世の中に問うという、そのような意義もあるのだと。改めて認識することができた。

このような言い方が正しいのか分からないけど、良書だった。

星評価

★★★★★

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