日々是書評

書評初心者ですが、宜しくお願いします ^^

【人生を狂わす嘘と勘違い】氷点(下) - 三浦綾子

レビュー

上巻までのあらすじ

医者の辻口啓造は妻である夏枝の不貞を疑った。夏江の不貞の間に娘が殺害されてしまったことが、やりきれなくて仕方なかった。

そこで、亡くなった犯人の娘(陽子)を引き取り、真相は伏せたまま妻に育てさせた。真相を知った妻の絶望を心待ちにする啓造。なんて恐ろしい小説…。

上巻ではその目論見通りは成功し、崩壊することが人為的に決定づけられた家庭が誕生してしまう。通底に流れる憎しみは常に不穏を生み、読者としては夢中で読んでしまった。

【憎しみが満ちる家庭】氷点(上)- 三浦綾子 - 日々是書評

下巻の感想

下巻では、物語はその速度を加速させていき、あっと驚く結末となる。なんと、陽子は犯人の子どもではなかった。

自分が犯人の子であると勘違いした陽子は、これまでの全てが腑に落ちて、自分が生まれ持って負った罪を精算するかのように自殺を図る。陽子は最後まで「聖なるもの」として描かれた。

人間の未熟さが悲劇を招いたのは言うまでもないけれど、そもそもの出発点が嘘だった。ありもしない罪を信じた結果、辻口という家族は狂わされた。嘘と勘違いの恐ろしさを味わった想い。

だけどそんな悲劇の中にあっても、陽子は美しくあり続けた。それが相対的に人間の未熟さと愚かしさにハイライトを当てた。人間はどんな境遇にあっても美しくいられるのか、と考えさせられた。

  • 人生を狂わす嘘と勘違いの恐ろしさ
  • どんな境遇にあっても人は美しくいられるか

ああ、面白かった。こんな面白い本を読まずに過ごしていたなんて…。

氷点をお勧めしてくれた「人生を狂わす名著50」に感謝。

【文芸オタクの本紹介】人生を狂わす名著50 - 三宅香帆 - 日々是書評

各論

以下、各論。

家族の秘密を知った徹について

真実を知った徹は心の底から両親を軽蔑する。

自分の人生をないがしろにすることで両親に反発する徹。その様はかつての自分にも重なる部分があり、つい共感してしまった。10代の頃はあまりに無力で、自分を削ることでしか復讐を為し得ない。そのことをリアルに描いてみせる三浦綾子の想像力と筆力に感服。

牛乳配達を始めた陽子について

夏枝の悪意によって給食費をもらえない陽子は牛乳配達の仕事を始めた。お金のために始めた仕事でも、仕事のやりがいを見出す陽子。不遇な状況の中でも健気であり続ける姿に泣けて仕方なかった。

毎朝人通りの無い街を自転車で走る時の楽しさ、一本一本牛乳を配って、空ビンだけになって荷が軽くなった時の満足、その陽子をたれも知らないのであった。

そんな陽子を見て、夏枝は「貧乏の子みたいで恥ずかしい」と言う。啓造は「血筋が違う。16歳でタコやってた男の娘だ」とつぶやく。

両親の愚かさは留まることを知らず、人間としての浅薄さが際立った。

星評価

★★★★★

今回紹介した本