日々是書評

書評初心者ですが、宜しくお願いします ^^

【東京、夜、そして縁】おやすみ、東京 - 吉田篤弘

レビュー

吉田篤弘については詳しくないのだけど「おやすみ東京」というタイトルとこの表紙はちょっとズルい。一度目にしたら気になってしまう魅力がある。

そんな策略?にまんまとハマり、購入。短めなので2日で読めてしまった。

連作短篇集というジャンルの本を最後に読んだのはいつだったか。悪くない読後感。

この小説では、連作短篇集として10人の物語が描かれる。

ただし、10の物語を律儀に辿っていくような読書体験は期待できない。あくまで10本の糸が触れ合い、撚り合わさっていく様が水平断面的に描かれる。

10人の登場人物を記憶し、それぞれの関わりを知っていくのは、ページを捲る楽しみを思い出させてくれる。原初的な読書体験に立ち返ったような気分。本を読み始めたばかりの中高生に是非ともオススメしたい。

特徴としては、この小説にはいわゆる会社員的な職業に携わる人は登場しない。タクシードライバー、大衆食堂を営む女性、お悩み相談員、電話の葬儀屋、そして映画小道具の調達屋。

風変わりな仕事が登場するという意味では、津村記久子の「この世にたやすい仕事はない」を思い出す。それぞれの登場人物がちょっとした仕事観を持っており、仕事小説としても楽しめる。

そしてこの小説を覆うカラーは、「夜」と「東京」だ。寝静まった東京で、働いている人がいる。新しく出会い、そして再会する人々がいる。

フィクションとは言え、東京という街で、今この瞬間もそんな素敵な「縁」が展開されているのかもと想像させてくれる。

物語の終わりは大団円とは程遠い。10本の糸は綺麗な1枚の布になることは無い。それぞれが触れ合い、撚り合い、だけど少し大人な距離感を保ったまま。 でも、それが良い。それが東京という街の、そして人の一生の広さを感じさせるようでよかった。

文庫版収録の作者のあとがきもサッパリとしていてよい。

以下、各論。(読みながら書いたメモなので、ちょっとポエムチックになっているw)

枇杷泥棒

ささやかなミッションを抱えた女性を載せて、寝静まった街の中を走るタクシー。そこで出会ったちょっと不思議でまともな女性、枇杷泥棒。

静かで小粒で、両手で包み込んでしまいたくなるお話。

午前四時の迷子

津村記久子の「この世にたやすい仕事はない」を思い出した。仕事という切り口の、ちょっと不思議な雰囲気のお話。

職場の日常感と、弟の過去の話と、バーのママの話と、その3つが何とも良い塩梅で混ざり合う。

18の鍵

秘密を持った乗客と、秘密を持ったタクシードライバー。静かにジャブを打ち合うような、探り合って化かし合うような会話を載せて、タクシーは東京の夜を泳ぐ。

ハムエッグ定食

それぞれが営んでいた食堂を畳んで、いまは同じ食堂を切り盛りするという四人の女性が登場。しかも四人は似たもの同士。

テンポの良い会話はもはや誰の発言か分からない。でもどうせ似たもの同士なのだし分からなくても困らないなと思い直す。かつてない種類の可笑しな諦念。

落花生とカメレオン

連作短篇集としての話の少しずつ方向性が見えてきた。松井、ミツキ、アヤノが別行動を取りつつも、シュロの探偵を軸に据えている。いつシュロに再会できるのか、それを楽しみにページをめくる。

ベランダの蝙蝠

モリイズミ、松井とミツキ、冬木可奈子それぞれが物語を少しだけ進める。ブリッジのようなお話。

羽の降る夜

多人数同時進行的な物語の場合、地震が横一線を繋ぐイベントになるんだと、新発見。

ぎこちない距離を保ったまま共同生活を送る栄子たち11人の新人女優。夜中の地震の心許なさをキッカケにして結束が芽生えるのは、じわりと心が暖かくなった。

ふたつの月

プライベートでガラクタ屋を訪れるミツキ。イバラギとの会話は地に足がつかずフワフワしていてちょっと不思議。

そして、ここにきてシュロ登場!父の知られざる過去に迫っていく。

星のない夜

シュロが映画館で出会った青年は、なんと失踪した冬木可奈子の弟!シュロと冬木蓮は静かに会話を続けるけども、俯瞰で人間関係を把握している読者としてはドキドキ。弟さんが生きてて良かった!

そしてシュロは食堂「よつかど」へ。いよいよ同時進行していた複数の物語が、ぐっと交差しそうな予感。フィナーレに向かってどんどん加速していく?

青い階段

夜型生活のアヤノにとって唯一すぐに会える友人は、仕事が上手く行かずに一度実家に帰省してしまった。アヤノはショックを受けるものの、苦手な暗い路地裏を歩いているとふいに深夜営業をしている古道具屋を見つける。一風変わった店主のイバラギは、アヤノとすぐに通じ合う。

「その、私とイバラギさんはわたしは同じ夢を見ているということなんでしょうか」

寝静まった東京のすみっこで為される、こんなにも淡く愛しい会話。この空間を切り取って絵本にして、心の底にしまっておきたくなる。

星は見ている

古道具屋で売り始めた階段の板。家屋の解体に伴い、階段の板だけを譲り受けて販売している。即席でつけた商品名が「二階までxx段」。なんとも小粋。

「運命」が大げさなら「縁がある」でよい。 ↑いいね。

冬木可奈子が躊躇った末に松井に電話をかけるシーンがよい。それが受信側である松井のシーンとして描かれるのが、なおよい。

以上「おやすみ東京」の書評でした。

星評価

★★★★☆

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