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【再会の短編集】ロング・ロング・アゴー - 重松清

レビュー

総評

読書家さんからオススメされた一冊。「再会」をテーマにした短編集とのことで、興味を惹かれた。

自分の選好として、短編集はあまり得意ではない。どうせ読むなら、どっぷりと長編小説に浸りたい。

果たして、「ロング・ロング・アゴー」では1編1編の密度が高く、その希望が満たされた想い。

それぞれの短編では、登場人物の人生が切り取られる。彼らは子ども時代に誰かに出会い、大人になって再会を果たす。

それだけの物語なのに泣けてしまう。短編ながらに、確実にエッセンスを込めてくる。短いながらも、人間の感情や関わりがしっかりと描かれているように思えた。

人生にはどうしても抗えないイベントが発生する。子ども時代ならばなおさら。その無力感や、翻弄されてしまう自分の人生を前にして、人は何を想うのか、どう生きていくのか、そうして時間が過ぎ去った後、再会を果たしてどのような変化を読み取るのか。あるいは変わらないものとは何なのか。

恥ずかしながら、重松清は「とんび」しか読んだことがなかった。本書を読んでみて、改めて「人情」というものを書かせたらピカイチな作家なのだろうなと、再認識。

各論

いいものあげる

主人公は小学5年生の「中村さん」。親の転勤に伴い、東京から田舎へと引っ越してきた。

親の仕事は新装開店したショッピングモール「シンフォニー」を軌道に乗せること。

中村さんが転校先で出会ったのは「美智子ちゃん」と「スズちゃん」。美智子ちゃんは地元の百貨店「ちどりや」の娘であり、スズちゃんはそのテナント「満月堂」の娘。

最初、中村さんはどこか子ども離れした印象だった。美智子ちゃんの贅沢な暮らしは「羨ましくない」し、美智子ちゃんに媚びるスズちゃんも「変な感じ」。冷笑的とも言えるような態度。

けれど、シンフォニーの台頭と並行し、ちどりやは凋落していく。大人の世界のパワーバランスはそのまま子どもの世界にも反映されて、美智子ちゃんは孤立していくし、最後にはスズちゃんにまで無視されてしまう。

全く責任の無いはずの中村さんは、怒りとも悲しみともつかないような感情に襲われる。それはきっと罪の意識なのだけど、その輪郭がぼやけてるのは、子ども視点の感情描写として秀逸。

中村さんが取り乱して行くのに反比例し、美智子ちゃんは孤高とも言えるような芯の強さを見せる。学校の下駄箱で美智子ちゃんは中村さんにあることを告白する。その瞬間、美智子ちゃんの芯の強さが最もきらめいて魅せられた。

最後には少し爽やかな読後感を残すのも良い。

子どもにはどうしようもないような世界の歪みに際して、揺れ動く感情の描写が見事だと感じた。

ホラ吹きおじさん

叔父さんはどうしようもない人間。親族に迷惑をかけ、金の無心を怠らないような人物。当然、周りからは鼻つまみにされている。

だけど、主人公のヒロシから見た叔父さんは「特別な大人」で、それが時の経過によって全く毀損されないことがあまりにも尊い

立派な人物であったはずの父親と、どうしようもない叔父さんについて。大人になったヒロシが両者の類似点を見出すシーンが印象に残る。大人になっても消えない他者の傷は、大人になったからこそ理解できる。

永遠

自閉症のような症状を持った「ユウちゃん」、その姉の視点でこの短編は描かれる。

ユウちゃんはたくさんの近所の子どもに遊んでもらう。主に小学校低学年の子どもたち。だけど子どもたちは大きくなるに従って、ユウちゃんから離れていってしまう。

その様が姉の回想として描かれる。

自分はいつも「離れていく」側であって、「離れていかれる」側に思いを馳せたのは初めてかもしれない。

かつて仲良くしてくれたシノケンという子どもがいた。ユウちゃんの晴れ舞台に際して、姉はなんとか彼に顔を見せてもらおうと尽力する。

受験で忙しいはずの、もはや他人になってしまったシノケンは、なんだかんだ晴れ舞台にやってきてくれる。ベタだけど泣けた。ユウちゃんの泣き顔とお姉さんの心中があまりにストレートに響いてきた。

また、姉は小学校の先生をしている。そこで中学校受験をキーにして、子どもたちに亀裂ができてしまう。卒業を控えた彼らが、なんだかんだ仲直りするのはサイドストーリーとして爽やかな読後感を残した。

チャーリー

スヌーピーの登場人物「チャーリー・ブラウン」になぞらえて、物語が進行する。

とある父親が子ども時代を回想しつつ、現在を生きる息子に心の中で語りかける。

父親は子ども時代、あることに気づいてしまう。それは自分は特別でもなんでもなく、凡庸だということ。そして人生には、そのことに気づいてしまうポイントがあるということ。

凡庸を自覚してしまった小学5年生だった父親がもがく様は、まるで他人事のように思えない。何か、身に覚えがある。世界が規定されて、目には見えない制限がかかってしまったような、子ども時代のあの感覚がとてもよく描写されている。

まだ無垢でいられる息子に対する、父親のある種達観したような暖かい眼差しが強く印象に残った。

ただ、子ども時代に出会った生駒先生については、よく分からないままで終わってしまった。自分の人生経験が足りないのかもしれない。

人生はブラの上を

大人になった主人公のユミちゃんの回想がメインとなる。回想の中心にいるのは「ムウ」という女の子。

あまりにも不器用なムウがいつでも笑顔でいられることに泣ける。ムウの父親は事業で失敗し、ストレスから亡くなってしまう。そして母親はクズな男に捕まってしまう。ムウが家庭の事情で苦しめられていく様が、あくまでユミちゃんの視点なのだけど確実に伝わってくる。

ビートルズの「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」が物語の中で果たす役割があまりにも痛切で、モチーフとして巧い。

ムウちゃんもユミちゃんも相互に救い合っていた。そのことに大人になったユミちゃんが気づくのが、良い。

一番悲しいのだけど、一番泣けてしまう短編だった。ユミちゃんの母親の、ムウちゃんへの優しさにも泣ける。ハッピーエンドで良かった。

あと、少しだけ辻村深月っぽさを感じた作品。

再会

「いいものあげる」の続編。他の短編に比べるとシンプルで、サクッと読めてしまう分量。

瀬尾くんの哀愁と言うか、郷愁の描き方があまりにも濃くて引き込まれる。読者によっては、感情移入しすぎてしまうと思う。

「ちどりや」を追い抜いて栄華を誇った「シンフォニー」が、今度は「ガーデン」というショッピングモールに引き離されている。さらに美智子ちゃんは28歳で亡くなっていたことが明かされる。

どうしようもない諸行無常が込められた一作。

星評価

★★★★☆

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