レビュー
久しぶりに夢中になれる本が読みたくなった。深く没頭して、気づいたら残り30ページになっているような、そんな本が読みたくなった。
とても評価が高いようで、強い期待感を持って読み始めた。
果たして、一気読みの読書体験。あまりにも夢中になれた。
舞台は新宿。時代は昭和後期? 台湾流民が歌舞伎町を支配してた時代は過ぎ去り、上海、北京、香港、マレーシア…という群雄割拠の時代が到来。
そんな歌舞伎町で、主人公の健一は半々(日本人と台湾人の混血)としてのアイデンティティに苦しみ、孤高の処世術を身に着けていく。
新宿の描写はとても色濃く、少し前にこんな時代があったのかと驚く。自分が過ごしてた裏側ではこんな抗争があったのかと。好奇心の強い読書家ならば、一気に引き込まれてしまう。
どこまでが史実でどこからがフィクションなのか。境目が分からなくなるほどの描写力。
そんな風にして最初の100ページは、設定と世界観で読み手を惹きつける。
それから「夏美」という女性が名古屋からやってくる。彼女が健一に助けを求めるところから、物語は進み出す。
夏美の正体と目的が徐々に明らかになっていくさまは、さながら良質なミステリー小説。
健一の過去の回想もまた良い。彼の人生が孤独と哀しみの一本道であったことが分かっていき、読者はその痛切感の虜になってしまう。
中盤以降、物語はその加速度を増していき、気がつけば残り50ページ。
健一と小蓮(夏美)が安寧を手に入れてほしいと強く願いつつも、それは難しいかもしれないという諦念もある。最後まで確信に至らない。作者は生粋のストーリーテラー。
そして結末は、あまりにも哀しい。世界でたった一人、自分と同じ目をした人間と出会うことができた健一。だけど、その性質ゆえにあのような結末に至ってしまった。
突き放されて、たった一人で路上に立ち尽くすような読後感。でもその孤独はどこか気分がいい。純度の高い孤独は独特の陶酔を持つのだということを教えてくれる小説。
久しぶりに全てを忘れて没頭することができた。設定で惹きつけ、ストーリーで蹂躙する。文句なしに星5つ。大作であり傑作。読書家として、この小説に出会えて良かった。
星評価
★★★★★