総評
主人公の羽仁男は、自殺未遂に失敗して病院で目が覚める…という、とっても奇抜な始まり方をする小説。
「一度死んだ」人間は向かうところ敵なしで、「命売ります」という広告を出す。
舞い込んだ依頼は奇妙で物騒なものばかり。
曰く、死んでほしい女性がいる。曰く、金のために自殺してほしい。曰く、母親と交際してほしい。
奇妙な依頼はその実、裏で繋がっていた。短い小説ながらも、しっかりと伏線が回収される。そのミステリー小説っぷりに、読者は没頭してしまう。
作風としては読みやすくテンポが良い。それでいて、三島由紀夫の死とセックスの美学をしっかりと見せられた思い。
結末として、一連の騒動を通じて羽仁男は命が惜しくなるのが最高。
異常な状態から出発した主人公が、異常な世界を体験することで、「命が惜しい」というある意味では正常な状態に逆転する。だがしかし、結末の羽仁男の状態は、周囲から見て異常という、なんともダークな幕引きだった。
三島由紀夫と言えば、そのセクシュアリティや政治思想が注目されがちだけど、小説家として一流であったのだという事実を再認識させられた。
また、言うまでも無いことだけど、心に残る美しい言い回しが何度も登場し、読書家として胸を打たれた。
あと、「命売ります」の広告に対し「けしからん!」というクソリプ的な手紙が届く。どうせ中年の無職だろうと決めつけ、手紙を破棄する羽仁男には笑ってしまった。
引用
心に残った箇所を引用。
- 男の手はむっちりしていて、無限の寛容を思わせた。
- 肉のボンボンみたいで、すてきな味がした。
- 突然、世界は化け方を変えた。
- 死という観念と戯れるのにさえ、エネルギーが要るのだろうか。
- 「この世の名残に、二人で散歩しましょうか」
- それが、死に対する今までの軽薄で即物的な考えを、少しばかり濁らせているのが感じられた。
- 人生が無意味だ、というのはたやすいが、無意味を生きるにはずいぶん強力なエネルギーが要るものだ。
星評価
★★★★☆