総括
以前読んだSF小説にて、「冷たい方程式」が引用されていた。SFファンとして読まずにいられないと思い、本書を手にとって見た。
まず全体の構成について。9つの短編・中編が収録されている。中には、アシモフやアルフレッド・ベスターなど、SF界の巨匠のような作家の作品も登場する。彼らの作品はもちろん面白かった。
けれど、それ以上に全体の構成が良い。
1作目の「徘徊許可証」は設定の勝利。いきなり心を掴まれる。
それから「ランデブー」「ふるさと遠く」と薄味の2作が登場。これが良い緩急をつけてくれる。
そしてアシモフの「信念」。文句なしに面白い。直後に表題作である「冷たい方程式」。バランスの取れた良質なSF短編。決してハッピーエンドではない、痛切な余韻を残した。
その後は、「みにくい妹」で古典ファンタジーが展開され、再び巨匠アルフレッド・ベスターによる作品「オッディとイド」。これもまた面白かった。
そして終盤。超能力者の悲哀を描く「危険!幼児逃亡中」と、ロボットと法について描いた「ハウ = 2」の2作で締めくくられる。この2作を最後に持ってくるのがとても憎い。ちゃんとSFの王道を歩きつつ、物語として非常に秀逸。
と言った具合に、構成がとても良かった。緩急をつけ、巨匠の作品を散りばめつつ、上昇していく感じ。
それから、読後感が良いとは言えないような物語が多かった。通底するテーマは人間のどうしようもない未熟さ・情けなさ・性(さが)かな。シンプルなハッピーエンドばかりではないのが、個人的には好みだった。
解説を読んで驚いたのは、収録された作品が50, 60年代のものばかりということ。優れたSF小説は色褪せない。
総評としては、すべてのSFファンにオススメできる。古典SFの名作が連なる、秀逸な短編集だった。
各論
以下、ネタバレを含む、各エピソードの感想。
徘徊許可証
面白い!これぞSF短編!と言いたくなるようなお話。
まず何より設定が良い。小さな辺境の惑星手では、母なる地球と連絡が途絶えて200年が経った。その間、誰も犯罪を犯すことはなく、一件の殺人も起きなかった。
しかし突然、地球との交信が再開。地球の植民地たる辺境の惑星は大慌てとなる。
地球に忠誠を示すには「地球的」である必要があると考えた人々は、慌てて建物や職業を作り出す。
主人公が任されたのは犯罪者の役割。村全体から、盗みと殺人が奨励される。
途中から結末は予想できたけど、結局穏やかなまま終わっていくのが良かった。
設定が良いのはもちろんのこと、会話や人物描写も悪くなかった。
ふるさと遠く
わずか6ページの短編。
プールの中にクジラを発見し、人を呼びに走った老人。しかし、クジラは子どもの願い事で出現したものであり、老人が戻ってくる頃には子ども諸共消えている。
とても情景的。水と太陽と海の匂いが感じられるお話。
信念
とても面白かった。空中浮遊というSF要素を含みつつ、短編小説としてきちんと面白い。
主人公の物理学者はある日空中浮遊ができるようになる。他の物理学者たちに研究を協力するよう依頼するものの、狂人扱いを受けてしまう。
そこで心理学者からアドバイスを受け、真逆のアプローチを取ることに。他の物理学者の前で空中浮遊をしてみせる。しかし、空中浮遊をしてないと言い張る。それを受けて、彼らは自分が正常であることを証明するためにようやく真剣になる。つまり、主人公の研究に協力することを決意する。
人間は理解できないものを忌避する。しかしそれが自分の問題となれば話は別。深い人間理解と巧みなストーリーテリングに下支えされた傑作。
冷たい方程式
冷たい方程式とは、ロケットの燃料計算式のこと。それは厳格に管理されていて、あまりバッファを持たない。
しかし、若い女性が兄に会いたいという無邪気な理由で密航してしまう。
規則では、パイロットである主人公は彼女を宇宙空間に投げ出さなければならない。
宇宙の静かな辺境で迫りくる、抗いようのない命のタイムリミット。手に取るようにわかる、主人公の人間臭い葛藤。ロケットから見える惑星表面の景色。それらが合わさって、なんとも言えない痛切な想いを持たせる。巧みな雰囲気づくり。
惑星の自転がロケットとの通話を圏外にしてしまうシーンは、SFのギミックとして秀逸。
みにくい妹
シンデレラを別視点から描いたお話。
実はシンデレラは一切知的ではなく、容姿だけの退屈な人間だった。人格についても、非常に面倒くさい部分を持つ。という新設定が、姉妹の視点から一人称口調で語られる。
悪くはないけど、良すぎることもない。こういう話もありかもね。と言った感じ。
オッディとイド
幸福を引き寄せる体質を持ったオッディという人間の話。
概ねファンタジーなのだけど、世界観はSFかな。時代設定は未来で、人類が宇宙進出を果たした後。それと申し訳程度の化学実験パートが挿入される。
大学の教授たちはオッディの体質を利用して、宇宙の平和を実現しようとする。けれどオッディが実現する世界は、彼の意識の表層ではなく、深層心理である「イド」の反映となる。人々が皆そうであるように、オッディのイドもまた、原初的な欲望に溢れており、宇宙は地獄と化してしまう。という寓話的な短編。
作者は「虎よ!虎よ!」のアルフレッドべスター。劇画的な語り口はさすが。分かりやすく明快で痛快。
危険!幼児逃亡中
とても面白かった。スッキリとしてわかりやすく、メッセージ性も含む。超能力SFの中でも、名作の部類に入ると思う。
物語の序盤は少し乱雑で分かりやすい。状況把握に時間がかかる。けれどそれはおそらく計算されたもので、臨場感としてプラスの作用をもたらした。
記者である主人公は、軍部によって警戒態勢が敷かれたエリアに、軍人とともに侵入する。
誤って投下された爆弾の処理が必要、という当初の説明はカモフラージュだった。実態は、強力なサイ能力(=超能力)を持った少女を止めに来た、というもの。
ジルというこの少女をよく知るプランという能力者が主人公と同行している。プランは他者の心理と記憶を読み取る能力と、そしてそれを他者にプロジェクションする能力を持っていた。主人公はプランを経由して、ジルの過去を投影される。
短編という短い物語の中で、無理なく過去や状況が説明できるこの設定。とても巧い。
人類史上かつてない強力な能力を手に入れてしまったジル。悪意なく世界を脅かすこの少女は、複数の人間を殺害した後に、主人公に殺されてしまう。後味の悪さにさいなまれる主人公の姿を映して、この物語は幕引きとなる。
ジルが能力を開花させていく様子と戦慄する大人たちを見ていると「幼年期の終り」を思い出した。また、能力者がたどる凄惨な末路は「光の帝国」を思い出させた。
ハウ = 2
短編集の最後を締めくくるのに丁度いい。傑作!と言わないまでも、好きなタイプのSFだった。
ジャンルとしては間違いなくロボットもの。
ロボットを生産することのできるロボットが間違えて世に出てしまった。それを「所有」する主人公は至ってふつうの男だったのだけど、生産元から訴訟を受けることに。
主人公は隣人の無名弁護士と結託して裁判に臨む。ロボット「アルバート」はそれを助太刀するために、弁護サポートロボットを量産する。ロボットたちは法律書を丸暗記していき、法廷での戦いをサポートする。
法廷に並ぶロボットたちの図は、ロボットSF史における名場面。果たしてロボットに感情はあるのか。理性はあるのか。生殖能力は?宗教心は?様々なことが議論の俎上に上げられ、社会的にも論争は広がっていく。
勝訴を得た主人公はつかの間安堵するものの、アルバートはさらなる野望を目論む。手始めに訴訟元の生産会社を買収することを計画…というロボットの台頭を思わせる、一筋の冷や汗が流れるような終わり方。
星評価
★★★★★