日々是書評

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【痛みを自分のものとして感じる自由と幸福】虐殺器官 - 伊藤計劃

レビュー

まず、海外ドラマっぽさを感じた。アクションあり、ミステリーあり、そしてSFあり。1冊の娯楽小説として、安心してその展開に身を委ねることができる。

構成としては、主人公の生い立ちや悲しみというミクロ的なテーマがある。それから、世界構造や正義の在り方などマクロ的な観点で物語が進行していく。という2層構造。

筆者の見識の広さに下支えされた世界観は、安心して没入することができた。言語学を中心に、医学からゲーム理論まで手広い。クレオール、あるいはクレオール言語というのは知らなかった。あとは、サピアウォーフの仮設。

それから嗜みとして、ジョージ・オーウェルを2作とも読んでおいて良かった。作中で引用されるので読んでおいて損はない。

淡白だけど情感に訴えかける文章も良い。筆者の使いたい言葉を自在に組み込んでる印象。それでいて難解な言い回しにならない。語彙力の多さに支えられた余裕のある文章だと感じた。

戦地に赴く前の感情調整のシーンには、伊藤計劃らしさが光ったように思う。

兵士たちは痛みを認識できるが、感じることのないように調整される。主人公はここで、殺意ですら他者からコーディネートされてるのではないかと疑う。それが自分のものであってほしいと願う独白は、鮮烈な印象を残した。

個人的には、あの結末は突き抜けていて好きな終わり方。だけど、それが世界の正解だとは思わない。痛みを自分のものとして感じること、そのことの自由と幸福は譲ることはできない。きっと人間主義なのだと思う。

そんな風に、読者は伊藤計劃からの問いに向き合わざるを得ない。

総評としては、良作。優れたSF小説はSFの枠に収まらないということを思い出させてくれる1冊だった。

以下、引用。

進化が良心を生み出した(p.206)

どういうわけか、ものすごく救われたという思いにとらわれた。誰かに罪を背負わされたのじゃなく、自ら罪を背負うことを選んだのだ。(p.208)

殺すのは獣にもできるが、戦うのは人間にしかできない。本能ではなく、あくまで自由意志から、相手を無力化するという行為は。(p.258)

生きているとはどういうことか。意識があることの定義は。私たちは絶えず、濃くなったり薄くなったりしている。無数の中間状態がある。

死者は僕らを支配する。その経験不可能性によって。(p.335)

星評価

★★★★☆

今回紹介した本