レビュー
この小説では、2つの世界が交互に描かれる。
1つが「福原家」。自称、中流家庭。教育ママの由美子を中心にして、ちょっとズレたところがある人たち。貧困層に対して「あの人たちは私たちとは違う」などと発言したり、とんでもない言説がまかり通っている。
そしてもう1つが「宮城家」。沖縄の離島にルーツを持つ一族。いわゆる「温かい人たち」的な描かれ方。
福原家の長男である「翔」は高校を中退してフリーターをしていた。親との喧嘩で家を飛び出した彼は、宮城家の長女である「珠緒」と交際をスタートして同棲を始める。
珠緒はまぁ善人で努力家なのだけど、由美子からの評価は散々なもの。由美子は自分たちの祖先は医者であり、特別なのだと力説。珠緒のような女性が翔と同棲し、あまつさえ結婚しようなどとは笑止千万。そんな態度。
それに対して、珠緒は「自分も医者になる」と啖呵を切る。
そんなストーリー。当然、福原家が悪、宮城家が善のような描き方がされる。やや露骨すぎる描写が多いものの、そのデフォルメ化は勧善懲悪としてはまぁアリかな。
夢中になって500ページを一気に読んでしまった。
良い出会いに恵まれた珠緒は周囲に助けられ、勉強の面白さに目覚めていく。対照的に、福原家は下り坂を辿っていく。露悪的な彼らが没落していく様子は、ある種のカタルシスを読者にもたらす。
しかし読了後、1筋の冷たい汗が伝う。
自分の出身は、上流家庭でも下流家庭でもない。由美子のいる世界のことは、どこか覚えがある。この人は自分の母親に少し似ているところがある。
ひょっとしたら自分が将のようになっていたかもしれないのだと。他人事とは思えない感情が湧く。
一言で言えば、翔はスポイルされた。姉の「可奈」はなお悪い。お嬢様学校に通い、一流の男性と結婚して、港区に暮らす。それを単一のゴールとして捉えてしまった。結果として、旦那はうつ病にかかり帰郷。可奈は幼い息子とともに実家に戻る。
可奈の連れ帰った息子に対して、由美子は期待をかける…という終わり方はホラー的でなんとも秀逸。
由美子もまたその母親の呪いにかけられているのだけど、結局変わることはできなかった。旦那が「自分たちも変わる必要がある」と示唆したのは救いがあるかな。
そう、妄信こそ貧困なのだと思う。過去の成功に固着して変わることができなければ、あるいはそれを人に押し付けるならば中流家庭と言えども没落する。
一方で勇気を持って踏み出せば、あるいは純度の高いモチベーションによって突き動かされたなら、這い上がることもできるかもしれない。
そんな強力なメッセージ性を感じずにはいられない。
それから、細かいサブストーリー的なものが多いのも個人的には好みの作風。中国人バイトのタマちゃん、ゲイの水谷、図書館で出会った老人。登場人物は多く、それぞれの人生を魅せてくれる。
なるほど、林真理子。自分の好きな作家だと予測はしていた。けれどまさかここまでとは…。初めて読む作品が「下流の宴」で良かった。
勧善懲悪ストーリーとして没入できる。それからサクセスストーリーとして読めるし、フェミニズム文学的である。そして貧困を描いてみせ、ある種のメッセージを含む。傑作だと思う。
星評価
★★★★★