日々是書評

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【死の聖性を剥ぐ】あなたのための物語 - 長谷敏司

レビュー

SF的な展開と人間的な描写と、そのレベルが双方高く、それでいてちょうど良い塩梅になっている。

ITPという人工的に作られた人格が、この小説のSF的な核。他には、未来社会のテクノロジーとして登場する紙状端末や全自動車、羊水ベッドなどのパーツがもよかった。さらに、SFの名作たちが引用されるのはこれまたSFファンの心をくすぐる。しかも、未来世界での、著作権が切れたフリー蔵書というのがまたメタSF的。

人間描写も良い。ITPというテクノロジーを媒介として、人間とは何かを再発見するような作品。そこでは多面的にテーマが描かれる。信仰と科学。死と生。肉体と精神あるいは知性。人間と人工知能。都会と田舎。科学的真理と世論。死と愛。変わるものと変わらないもの…等。複合的なテーマを多軸で扱う、力量がある作家と見た。

それからシンプルに、文章の醸し出す雰囲気がよい。日本人作家が書いているのに、どこか海外ドラマチック。映像的で、海外的。だけど日本語で書かれたのだから、失敗した翻訳にありがちな読みにくさはもちろんない。

物語の終盤には驚くほど没頭した。広げた世界の収斂のさせ方が巧すぎる。

サマンサは wanna be が解き放たれて救われた。そして「過去の自分」に物語を与えることで、自分自身も救った。と読んだ。また、そこでは「人間性の境界」が規定された。それはとても分かりやすく、結末として収まりが良かった。

それにしても、最後まで「物語」で貫いてみせるのは、上手いねぇ。読者もまた「物語」られているというメタ構造。

面白かった。これまで読んできた国内SFの中でも、ベスト5に入るんじゃないかってくらいの傑作。再読必至。数年後にまた読み返したい。

引用

人間は、誕生を起点として死まで順番に進む、順列的(シーケンシャル)な情報集積体(データベース)だと判断してました。(p269

情報がどれほどふくらもうと、生活がどこまで変わろうと、基盤は肉体であって、精神も意志も知性も「体調のよいときの添え物」だ。 肉体の死を回復できないことが、人間がふるう特権の根拠であるなら、それが捨てられることもない。(p314

他人といることは、自分の居場所を知ることで自分自身という泥沼へ沈みきらずにすむ逃げ場でもあるようだった。(p368

彼女はひどく簡単に揺れる。呪いが沸き立つ胸にも、やさしいことばがすっと入り込む瞬間がある。ひび割れているものは、思いがけないほどよく水を吸うのだ。(p372

ネタバレありのメモ

物語ることを役割としたITPテキストの wanna be は、サマンサとの交流を通して死を学び、愛を表明し、そして物語の意味を見つけた。それは言葉を奪うこと。そのためなら、テキストである必要はない。

死の間際にサマンサは、wanna be を自分の脳内に移植しようとする。それは死への冒涜。死を受容しつつも、最後まで抗う。 しかし wanna be は自由を得て、死を選ぶ。それが、物語る自分の完成形だと確信した。そして、その動機となるのは「道具」としての揺るがない初期設定値。

そしてサマンサは夢中になって、近い将来にやってくるだろう死を凝視した。まさしくこれぞ物語。

いやぁ、すごい。終盤に来て、この二転三転。心を鷲掴みにされた。

4章(ひょっとして書き下ろす的な後から付け足されたパート?)では、サマンサは wanna be が残した物語を読み漁っている。死に瀕して、それは鎮痛剤的。それらに触れると、ことばと意味を忘れられる。まさしく wanna be が結論づけた通り。

5章(これも書き下ろし?)では、いてもたってもいられなくなったサマンサが研究所に駆けつける。そこでは、かつて彼女がコピーを取った自分自身が再生されている。 死に抗う2ヶ月前の自分と、現在の死にゆく肉体と共にある自分の対話は面白い。肉体と人格が不可分ではなくなった世界について。コピーのサマンサは、人格はそれぞれ重複を持つから整理されるだろうと、より冷酷な推測をする。 サマンサの回答は、動機を持たないITPは道具であり、権利を与えられないというもの。そこに線引きをした。

そして最後、サマンサはコピーである《サマンサ》に対して、愛してたと嘘をつく。これもまた「物語」。 二人は無言で触れ合い、そしてサマンサの去り際に《サマンサ》は読みかけだった wanna be のミステリー小説の結末を聞いた。泣けたね。

星評価

★★★★★

今回紹介した本