レビュー
「アメリカン・ブッダ」というタイトル。そして、このあらすじ。
未曾有の災害と暴動により大混乱に陥り、国民の多くが現実世界を見放したアメリカ大陸で、仏教を信じ続けたインディアンの青年が救済を語る書下ろし表題作
こんなの買うしかない。
というわけで、好奇心で買ったは良いものの、期待をはるかに上回る面白さだった。
6つの短編〜中編が収録されているのだけど、すべてが面白い。星4の面白さと星5の面白さが混在している。クオリティの水準が高い。
無機質でライトなテイスト、ダークな雰囲気づくり、大風呂敷を広げるストーリー。作風の幅が広い。
SFファンはもちろんのこと、SFに明るくない読者にもオススメできる1冊。
国内のSF作家にあまり詳しくないのだけど、こんな作家がいたのかと。文化人類学的なバックグラウンドを持つ筆者。それは作風にもよく表れている。それでいて、SF的なギミックが効いているし、ストーリーテリングの力量も申し分ない。
ともすると、日本のル・グインのようなポジションに上り詰めていくんじゃないだろうか…と期待してしまう。
引用・所感
以下、各ストーリーごとのまとめと感想。
雲南省スー族におけるVR技術の使用例
中国の少数民族の話。生まれた瞬間にVRのヘッドセットを装着され、そのまま人生を全うする。ヘッドセットを外されると、発狂して死んでしまう。という世界。
ライトに読めるのだけど、きちんと面白い。これを最初に持ってくるのは良い構成。
鏡石異譚
タイムトラベルものかと思いきや、脳科学と不思議な素粒子のお話だった。
幼い頃の事故により脳が傷を負い、記憶を能動的に書き換えられるようになった、というもの。
うーむ、理解できたようなできなかったような。でも楽しめたことは確か。
収録されたお話の中では、王道SFといった感じ。
邪義の壁
民俗学者が書く、民俗学の話。とても直球。SFというより、民俗学ミステリーと言った感じかな。
内容はタイトルの通りだった。
実家の壁から白骨死体が発見された。どうやらそれは江戸時代のもの。当時異端とされた宗教の信徒だった。
それから、仏具や他の白骨死体が続けて出土。また別の異端。それが何層にも上塗りされている、というもの。
話はシンプルだけど、雰囲気づくりが上手い。それこそ暗闇の中で揺れる蝋燭がつくりだす影のような、おどろおどしさを感じさせた。
一八九七年:龍動幕の内
面白かった。19世紀のイギリスにて。ハイドパークに謎の天使が出現する。天使は人々の声を聴き、聖書の言葉を引用してみせる。そして夜が明けぬ内に消える。
その謎を、留学中の南方熊楠が解き明かすというもの。タッグを組むのは、同時代人にしてたまたま居合わせた孫文。
彼らは謎を解き、ベーカー街を訪れる。そこで一人の老人から聴いた真実とは、天使は彼の発明だった。人々の話す内容を数値化し、対応する聖書の箇所を引用する。つまり牧師の自動化。ちゃんとSFしている。
南方熊楠という人物を知らなかったけど、実在の人物らしい。博物学者、生物学者、民俗学者とのこと。なるほど、まるで筆者自身がタイムスリップしたかのよう。民俗学者である筆者から先人への愛と敬意を感じるお話でもあった。
検疫官
主人公は空港で働いている。仕事は検疫官。検閲対象は思想に影響しうる物語。という設定が1ページ目で説明される。いきなり引き込まれる。
海外からの旅行者がうっかり、現地の子どもに物語を教えてしまう。子どもは好奇心があるから、それをすぐに広めてしまう。それをエピデミックとかアウトブレイクと表現したのは面白い。さらに、その「感染」を抑えることを除染作業と呼んだり。
そんな設定が明かされてから、ストーリーが始まる。帰国した母親が想像病院に入院となり、子どもが空港に取り残されるというもの。
子どもは名前がない。そこで母親に対して、主人公は子ども想いだと感心する。名前は通常、意味を持たせないようにする。生まれた場所など。そうすれば物語性は生じない。ましてや名無し。
単なる設定では終わらない。きちんとオチが着いている。人間が想像的であることへの逆説的な賛歌のようなお話だった。
表題作
アゴン族の教え。この世界は生きること、病気になること、老いること、死ぬことの4つの苦しみだけがある。(後ほど、他人を愛する苦しみ、他人を憎む苦しみ、求めても得られないことの苦しみ、自分の体が存在することの苦しみ)。6つの生き方は、全ての魂の行き先で、星の人々、人間、戦士、獣、精霊、悪霊。
いわゆる仮想世界の話。アメリカに「大洪水」が訪れて、アメリカ人たちは電脳世界である「Mアメリカ」に「移住」した。
Mアメリカでの描写は程よい。程よくSFで、ほどよく現実的。 そこでは子どもを持つことができる。お互いの遺伝子をミックスしたAIとしての子ども。子どもたちは、食料管理AI、気象予想AIといった形で世の中に貢献する。
Mアメリカでの時間進行は現実よりも遥かに早い。Mアメリカで研究したテクノロジーや取得した特許を現実世界に援用するのは、希望を感じさせて良い。ちなみに、現実世界の一晩は、Mアメリカでは数百年に相当する。
そうしたMアメリカでの描写と交互に、「ミラクルマン」の語りが為される。彼は現実世界のアメリカにいるネイティブアメリカン。しかし、アゴン族という仏教徒。 仮想世界と交互に仏教の話が差し込まれるのは、とてもクール。
ミラクルマンが伝えたいことは、もう大洪水は去り、アメリカ人に帰ってきてもいいということ。これに対してMアメリカは二分される。ミラクルマンを信じる派と、懐疑派と。仮想世界でさえ、分断が起きる。そのことが輪廻のように例えられ、なるほど面白い。
Mアメリカの半数はさらに「宇宙」に旅立つ。それはMアメリカを開発したニューロテクノロジー社による新製品。一人ひとりにパッケージされた創造された宇宙。
主人公が母親(を模したAI)を削除するシーンは泣けた。過激化の嫌がらせによってハッキングされる可能性を恐れて。
星評価
★★★★★