レビュー
「人生を狂わす名著50」で紹介されていたので、読んでみた。サン・テグジュペリと言えば、言わずとしれた「星の王子さま」の作者。彼が書く他の本も、ぜひ読んでみたかった。
本書は、飛行機乗りであった筆者の自伝のようなお話。さらに自身の体験を元にした、エッセイ的な内容を含む。
翻訳は悪くない。とても自然な日本語で、読みにくいところはあまりなかった。むしろ、各所に散りばめられた、それこそ星の瞬きのような至言は、日本語としても美しかった。
僕らに何かを分からせたければ、単純な言葉で話してくれないとダメだ。僕に生きる喜びを与えるもの、それは香ばしくて、舌が焼けるほど熱い朝食の最初の一口だ。牛乳とコーヒー豆と小麦の入り混じったあの味だ。人はこの味を通して、自分の惑星の大地と結ばれる。
カサブランカで、ダカールで、あるいはブエノスアイレスで一晩限りのテーブルを囲めば、僕らは数年のあいだ中断していた会話を再開し、昔の思い出を介してふたたび結ばれる。
人はふつう、時の流れを感じない。かりそめの平和の中で生きているからだ。
砂漠では時間の流れが実感できる。焼け付くような太陽の下で、人は昨夜に向かって旅をする。
風、星、夜、砂、海と向き合うということだ。満天の星の中に自分の真実を探すのだ。
内容はと言えば、正直に言うと前半は退屈な部分もあった。よく言えば、静かで味わい深い語り口、とも言えるかもしれない。単純に、自分の好みと合わなかったのかもしれない。
しかし、後半。筆者が砂漠で遭難するパートはのめり込むものがあった。遭難し、生死の境をさまよった筆者。彼が最後にどうなるのか、その部分の描写はとても引き込まれた。
冬のアンデスはぜったいに人を生きて返さない。あそこで夜を過ごせば、人は氷に変わる。
本書が教えてくれるのは、まず自然について。都市に住んでいると忘れてしまうけれど、自然は本来人間に優しくない。というより、人間の都合の良いように、その姿を変えてはくれない。しかし、有史以来の不断の努力によって、僕らは水・天候・食物と向き合ってきた。そんな当たり前の事実を思い出させてくれる。
人間は自由なのだと誰もが思い込んでいる。じつは紐で井戸に繋がれているということが分かっていないのだ。本当は、人間は胎児が母胎に繋がれているように、大地の腹に繋がれている。
また、過酷な自然と向き合う中で、筆者は人間の、そして生きるということの真実を見つける。
僕が好きなのは危険ではない。僕が好きなのは生きることだ。
知ってのとおり、人間というのは逆説的な生き物だ。ある人に創造的な仕事をさせるためにパンを保証してやる。すると、その人は眠り込んでしまう。気前の良かったはずの人に金をもたせると守銭奴となる。
どんなにささやかな役割であってもかまわない。僕らは自分の役割を自覚して、初めて幸せになれる。そのとき初めて、心穏やかに生き、心穏やかに死ぬことができる。人生に意味を与えるものは、死に意味を与えるものだから。
死を肯定的に捉えるのは、自分も同意する部分がある。本書の終盤で語られる内容は、とても面白かった。サン・テグジュペリの至言が詰まった一冊。
星評価
★★★★☆