日々是書評

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【星雲賞短編SF傑作選】てのひらの宇宙 - 大森望

総評

あの大森望さんが編纂したSF短編集。収録されるのは、星雲賞を受賞した短編たち。

あまり期待せずに読み始めたところ、案外よかった。短いながらもストーリーや世界観のあるSF短編が多く、楽しみながら読めた。

三体や息吹など、海外SFが流行している昨今だけど、国内のSF小説の魅力を再発見できたような気分。

以下に、各短編のジャンルを主観で書いてみる。

  • フル・ネルソン: 言葉遊び、レトリック
  • 白壁の文字は夕日に映える: 超能力、精神医学SF
  • ヴォミーサ: ロボット、サスペンス
  • 言葉使い師: 言語、ディストピアSF
  • 火星鉄道十九: 宇宙もの
  • 山の上の交響楽: 音楽、異世界系SF
  • 恐竜ラウレンティスの幻視: 太古の恐竜、文明興亡
  • そばかすのフィギュア: 人工知能、青春もの
  • ぐるぐる使い: 民俗学、超常能力
  • ダイエットの方程式: コミカル、宇宙航行
  • インデペンデンス・デイ・オオサカ: 多次元宇宙、ファーストコンタクト、コミカル

また、大森望さんの解説によって、星雲賞について理解することができるのも本書の良いところ。併せて、日本のSFシーンの軌跡を垣間見ることができる。

各論

ここからは、それぞれの短編の感想を。

「フル・ネルソン」筒井康隆

地の文がなく、会話文だけで進行する。

物語の舞台は実験室。教授と生徒たちが会話しながら実験しているのだけど、うーん、状況も訳も分からない。面白いとは感じなかった。

「白壁の文字は夕日に映える」荒巻義雄

面白かった。SFの分類としては、超能力系。しかし派手な演出はなく、シリアスの色が濃い。著者の解説の通り、精神医学SFとして、アルジャーノンに花束を、に似た部分がある。読者をヒヤリとさせるような、サイコな空気感の作り方が上手い。

「ヴォミーサ」小松左京

面白かった。アシモフの「われはロボット」へのオマージュ的な短編。

殺人事件が起こるのだけど、その犯人が「倫理回路」の故障したロボットだった、というお話。ロボットは落雷によって、倫理回路が逆転してしまっていた。(人間に危害を加えてはならない→人間に危害を加えなくてはいけない、のように

短いながらもすっきりと纏まっていて、きちんとミステリSFになっている。良作。

「言葉使い師」神林長平

言語活動が禁止された世界、という設定。いわゆる、言論統制かと思いきや、テレパスによる会話は許されている。

一人の良市民である主人公のもとに、「言葉使い師」と名乗る人物が現れる。彼は禁止されたはずの言葉を自在に使う。話し言葉を使い、書き言葉も披露する。

言葉とは何か、言語による物語とは何なのか、を描いた作品。と理解しつつ、語られる内容は抽象的で少し難解。

「火星鉄道十九」谷甲州

宇宙戦争の開戦の一幕を切り取った短編。

火星にて、外宇宙連合からの攻撃を探知した宇宙ステーションで、とある飛行士が迎撃を行う。たった30ページ足らずの短編だけど、内容があり、そして火星の風景描写は印象的だった。

「山の上の交響楽」中井紀夫

面白かった。まず世界設定がよい。タイトルの通り、交響楽団に携わる人々が登場する。彼らはひたすらに演奏を続ける。聴き手がいるかも分からない。外の世界についても詳しくないように思える。彼らはそのことに時々不安になるけども、結局は演奏することが正しいのだと思い込む。それは示唆的。現実世界を生きる我々とは、とても無関係には思えない。

それから、楽団に携わる人々は様々。演奏家もいれば、写譜家もいる。楽器の製作者もいれば、全体の進行をまとねる人間もいる。役割同士が協調しながら、あるいは摩擦を生みながら演奏会の本番が近づく。それは組織運営という、誰もが触れたことがあるもの。わかりやすい舞台装置となってくれている。

そして忘れてはいけないのが、天才音楽家。かつて存在した天才音楽家は膨大な量のスコアを記した。それは人が一生をかけても演奏し切ることはない。山の上の楽団は、それを代々演奏し続ける。なんとも痺れる設定。

「恐竜ラウレンティスの幻視」梶尾真治

狩りをしていた恐竜たちのもとに、遥か未来の知性体と思しき物体が登場。恐竜たちに「知性珠(ちせいじゅ)」を付与する。

恐竜たちは言葉を獲得し、未来の夢を見る。夢の中では、知性を獲得した恐竜たちが文明を発展させていく様子が描かれる。その発展のスピード感がよい。さくさくと読めてしまう。

程よくライトで、ちょっとコミカル。そして作者あとがきに書かれているように、とても視覚的。悪くない短編だった。

「そばかすのフィギュア」菅浩江

冒頭からよく分からない物語がぶちまけられて困惑したものの、ニューラルネットプラントが登場する辺りから面白くなる。ニューラルネットプラントは、電気的信号を伝えることができる植物で、神経のような役割を果たす。

主人公の女性は、ニューラルネットプラントを組み込んだフィギュアを作る。フィギュアはとある物語をベースにしており、彼女は自分の実らない恋をフィギュアに重ねる。そんな青春恋愛的な要素も含む短編。

きちんとSF的なエッセンスを含みつつ、日常っぽさも持つ。良作だった。

「ぐるぐる使い」大槻ケンヂ

SFのジャンルとしては超能力かな。でもそれに留まらない。民俗学のような、ホラーのような、少し不思議なお話。だけどリアリティがあって、没入してしまう。読んではいけないものを読んでいる感覚。語り口があまりに上手い。

「ダイエットの方程式」草上仁

とてもコミカルで、シンプルに面白かった。きちんと宇宙航行を扱っていて、王道SF。どうやら「冷たい方程式」が元ネタらしい。タイトルは知っていたけど…。良い機会だから読んでみよう。

インデペンデンス・デイ・オオサカ」大原まり子

宇宙人、というか多次元宇宙の別の住人との接触がとてもコミカルに、エキサイティングに描かれる。物質をコピーするカニが現れたかと思いきや、そのカニをバリバリ食べる恐竜が現れる。

主人公の美喜を筆頭に、大阪の全てが愛おしく描かれる。自分の中で京都小説と言えば、森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」なのだけど、大阪小説と言えばこの本を挙げてもいいくらい。コミカルにポップに大阪が描かれていて、楽しめた。

星評価

★★★★☆

今回紹介した本