日々是書評

書評初心者ですが、宜しくお願いします ^^

【タイトル詐欺】老人支配国家 日本の危機 - エマニュエル・トッド

レビュー

筆者はソ連の崩壊とトランプ大統領の当選を「予知」していたという、人口学に詳しい歴史学者

本書の中では、これまで世界が辿ってきたパワーバランスの変化や、現在の地政学的な問題やこれから取るべき道筋について語られる。それ自体は面白いのだけど…

このタイトルのわりに、本書の半分以上は日本以外のトピックについて語られる。タイトル詐欺!と、どうしても言いたくなる。(最近こういう本増えたよね…)

面白かったのだけど、事前の期待を(悪い意味で)裏切られたという意味で星三つ。

引用・抜粋

第1章コロナで犠牲になったのは誰か

新型コロナウイルスは現実の問題をあらわにした。これまで培われてきた GDP 至上主義が問われた。

コロナはグローバリズムのピークとなった。グローバリズムによって生産拠点を海外に移した結果、国内でマスクも付けないような状況になってしまった。

経済統計は嘘をつくが人口統計は嘘をつかない。筆者は乳幼児の死亡率の統計からソ連の崩壊を予測した。

アメリカやイギリスのような絶対核家族やフランスのような平等主義の国ではコロナの死亡率が高く、一方で権威主義的で女性の地位が低い日本ドイツ韓国のような国では死亡率が低くなっている。これにはグローバル化の度合いが大きく関わっていると考えられる。日本韓国ドイツなどが保護主義的傾向が作用して産業の空洞化に一定の歯止めがかかり、国内の生活基盤や医療資源がある程度維持されていた。

フランスでは当初マスクは意味がないと言った嘘の報道がなされた。また現役世代や若者世代のリスクを過剰に報道し、高リスクの高齢世代を守った。

グローバリズムで最も影響を受けたのは戦後生まれの世代。しかしそれと同時にコロナの死亡者は高齢者が多く、まるで神が遣わしたウイルスによって裁きを受けたよう。

アメリカは個人主義的だが決してアナーキーではなく社会に一律の比率が働いており、これが GDP とはまた別の米国の文化的な豊かさを象徴している。

コロナによるロックダウン・自主隔離・リモートワークは米国発祥のインターネットがあって初めて可能となった。その点でも我々はやはり米国中心の世界にいる。

昨今話題になっているベーシックインカムよりも生産力の方が重要で、新型コロナ以降は自国の産業基盤を再構築したり医療産業を保護する措置を取るべき。

一緒はフランスはユーロ圏を脱出し独自の通貨を取り戻すべきと主張する。

第2章日本は核を持つべきだ

民主主義はきれいなものだけではない。筆者は移民自体には賛成だがそれをコントロールする必要があると説く。移民をコントロールしないと民主主義が成立しない。トランプ政権の誕生もイギリスのブレグジットも、メキシコ移民やポーランド移民への反感の高まりという側面があった。ある意味でも国内における民主政治の再活性化が起こった。

アメリカ国内はエリート層とポピュリズムそうで完全に二分されているが、対外政策に関しては強硬的な部分で一致している。

アメリカはイランの核合意破棄を行ったが北朝鮮に対しては対話を行っている。この違いは大朝鮮が核を保有しているからだと筆者は考える。

核兵器保有攻撃機ナショナリズムの表面ではなく、むしろパワーゲームの外に自らを置くことを可能にする。

日本とロシアは歴史的に複雑な経緯を辿ってきたが、日米関係の補完としてロシアと親交を持っていくことは大事。

中国が覇権を握るかという話については欧米の富裕層のポジショントークという側面がある。まず中国が出生時の男女比がいびつになっている。出生前診断によって女性の選択的堕胎が行われている。女性の地位の低さという伝統的価値観が改めて台頭化している。また中国からは若いエリート層がどんどん国外へ流出している。内需が弱く脆弱な構造になってきている。

イデオロギー面と軍事面においては日本は毅然とした態度をとるべき。軍備を整理するにあたって歴史問題を蒸し返された時は第二次対戦はもう終わったと言えば良く、南京虐殺に関しては毛沢東の圧政による方が死者が多い。しかし経済問題に関しては強力な態度を明確にするべき。

第3章 日本人になりたい外国人は受け入れよ

日本人の完璧主義は長所でもあるが短所でもある。

移民政策を推進しない日本は排外主義だと言われるが、実際には日本人同士で快適に暮らす生活を壊すことを恐れているだけ。

移民政策でよくある過ちについて。少子化対策とともに進めていく必要がある。そうでないとホスト国住民と移民の人口バランスが崩れてしまう。また外国人労働者は何国へ帰ると思い込むことも誤り。移民は状況が許せば配偶者及び子供を産みあなたの子供を作る。その覚悟をしておく。また移民は交換可能な流動的な労働力ではなく個々人が文化的背景を持っていることを理解する。

移民政策においては多文化主義ではなく同化主義を取るべき。イギリスやドイツのような多文化主義はうまくいっておらず文化の違いで軋轢が生じている。一方フランスではフランスに光るフランスでいいなるべきという考えがありそこで生まれた子供はフランス人になる。その国で主流な言語と文化は主流であり続けなければならない。

非熟練労働者ばかりを求めるのは誤り。色々な社会階層の移民がいた方が、同化もうまくいく。

特定の国からの移民が増えることは避けた方が良い。日本の場合は中国からの移民が多すぎる。中国共産党のエージェントと化す可能性がある。

日本はもともとアイヌのような辺境地域を同化してきた歴史があり、同化の潜在能力があると筆者は考える。しかし強圧的な同化は良くなかった。

日本は外国人に排外的と思えるような側面もあるが、ひとたび内側に招き入れればうまく同化する習性も持っている。これは日本の伝統的な家族形態が影響しており、親子関係における権威主義と兄弟関係における不平等主義によるもの。不平等主義が強まりすぎると移民政策に対しては隔離処理という結果になってしまう。

第4章トランプ以降の世界史を語ろう

米国は個人主義国家でプロテスタントの信仰宗派が多い。選ばれて天国に召される者と地獄に落とされるものを決定的に分けている、まさに不平等なビジョンを提示している教義。米国社会の格差が拡大していたので、ドナルドトランプが選ばれたのはある意味で必然だった。それまではイギリスアメリカは新自由主義的で、グローバル化への抵抗はフランスのように平等を重んじる国やドイツや日本のように社会的統合を重んじる国そしてロシアのようにその両方を守る国でしか起こり得ないと筆者は観念していた。

これまでの大統領選と比較して、所得水準が投票先を決める上で大きな影響を与えた。

トランプは宗教的あるいは人種差別的な情熱ではなく保護主義とと国家への回帰という国民の現実的な経済的利益を据えて選 挙活動を行った。トランプへの投票を愚かな白人達のレーシスト的行動とみなすのは完全に間違っている

共和党ではかつてリンカーン奴隷解放を行って、黒人の党となった。しかし民主党のヒラリークリントンは黒人やヒスパニックをうまく取り入れて白人中間層への攻撃を強めた。これによって打撃を受けたのがサンダース。

サッチャーレーガンが始めた新自由主義的革命の時代、フランスは全く逆のソビエト的な方向へ舵を切っておりミッテラン大統領は大企業や銀行を国営化していたが当然うまくいかなかった。

第5章それでも米国が世界史をリードする

イギリスとアメリカは創造と破壊が得意。筆者はこの原因を家族携帯に見る。大人になったら独立し別の場所で家族を作っていく絶対的核家族の彼らに特有の個性。

トランプの当選とサンダースの台頭には、アメリカの若者が「国家への回帰」を求めることが背景にある。これは資本の格差を拡大するグローバリゼーションの力に対抗するもの。民主主義の失地回復をもたらす革命となる可能性がある。一方でトランプに対抗する勢力であるマスコミエスタブリッシュメントウォール街の支配者たちは戦いはまだ終わってないと考えている。

民主主義の土台はエスノセントリックの側面が埋め込まれている。つまり自民族中心的。イギリスの民主主義はプロテスタント社会だったし米国の民主主義は白人社会から始まった。なので民主主義の失地回復は常に「右」から起こる。一方で「左」は国際主義的・普遍主義的・グローバリズム的な価値観が非常に深く浸透してしまっている。

第6章それでも私はトランプ再選を望んでいた

リベラリストたちはあまり経済を語らないと言うか自由貿易を肯定する。これは、彼らが自由貿易がもたらす荒波から守られた位置にいるから。彼らが語るのは経済ではなくジェンダーなどの妥協の難しい問題。

ヒラリークリントンは寛容性などといった理想を語り、トランプは中年白人男性の死亡率の上昇といった現実を語った。

そもそも民主主義の起源である古代ギリシアにおいて、両親が共にアテネ人であるものだけに市民権は与えられた。民主主義とはそもそも排外性を基盤としている。

トランプがターゲットにしたのはメキシコ移民たちであり黒人差別はしなかった。

黒人の大半が民主党に投票しているという現実がある。しかし黒人の中にも貧困層は多くあり格差の拡大に寄与した民主党に投票するのは矛盾が生じているように見える。黒人の中にも高学歴エリート層があり、もはや黒人全体をひとつのカテゴリーとしてみなすことはできない。高学歴エリート層の黒人は民主党とつながりがあり、グローバリゼーションの恩恵を受けている。それ以外の黒人に関しては伝統的な黒人同士の結束に基づいて高学歴エリートたちと同様の投票行動を行ってしまっている。

筆者から見れば民主党は人種差別反対を政争の具にしている。本来必要な自己変革をせずに済んでいる。

民主党はヒスパニックに対して秋波を送っているがこれは失敗する可能性もある。なぜならヒスパニックはかつてのカトリック勢力と同様に社会に同化しつつある。黒人のように保護の対象にしてあげようと言われても反感を買うかもしれない。ちなみにカリフォルニア州テキサス州ではヒスパニックが3割以上を占めており投票結果に大きな影響を与える。

一方で現在のアメリカでは対中政策で超党的な結託姿勢が生まれている。しかし中国もまた内需志向の経済に転換する必要があるので、経済が健全化する可能性がある。

世界が先に進むためにはエリート主義とポピュリズムの不毛な対立から脱却する必要がある。筆者がトランプに当選して欲しかったのは、自己変革なき民主党の勝利はその脱却になんら貢献しないから。

第7章それでもトランプは歴史的大統領だった

人種的不平等、コロナ、医療政策を重視して有権者がバイデンに投票し、経済、犯罪と治安を重視した有権者がトランプに投票した。つまりどの党の政策が良いかという以前に、そもそも何を問題とするかというレベルでこれほど深い亀裂が生じている。

トランプの最大のレガシィの一つは対中姿勢を後戻りできないレベルで強化した点。トランプは中国による死を見抜いた。

本来アメリカは現在対立しているロシアやイランと協力して対中姿勢を強化しなければならないがそこまで賢くはなれない。

第8章 ユーロが欧州デモクラシーを破壊する

筆者はユーロが諸悪の根源と考える。ヨーロッパ内には多様な文化や経済事情があり、単一通貨を導入することは無理がある。しかし80年代のエリート層には国家超越的な風潮があった。

単一通貨を導入することによって、各国が通過をコントロールして、自国の経済を守るということができなくなった。EU 圏内ではドイツの力が強くなり、貿易不均衡が起こり、フランススペインイタリアの経済が破壊された。

フランスではマクロンが当選したが彼は若いだけで殊更政策にオリジナリティがあったわけではない。むしろ彼の支持者たちは高齢者が多かった。一方若者はサンダースのような高齢者の政治家を支持したり、年齢層の逆転が起こっている。

ユーロはイギリスを過小評価しているが、英国は議会民主主義発祥の地。議論に時間がかかるが一度決めたことは実行力がある。さらに支配を受けたことがない無敗の国でもある。英語圏の一部であり背後にはアメリカやオーストラリアが控えている。英語圏の人口はユーロの人口を上回っている。

第9章 トッドが読むピケティ「21世紀の資本

英国の経済学者が格差を問題にしないのはなぜか。答えは彼らが上位1%の給料を貰っているから。しかし決して上位0.1%にはなれない。彼らは上位の富裕層に使える番犬にすぎずそれ以上ではないからだ。

第10章 直系家族病としての少子化

天皇家を日本特有のイエとしてとらえるのは誤解があるが、直系家族であることは確か。世界的に見ると家業の継続の方が大事なので、天皇家のように直系にこだわることは稀。

内婚率つまりいとこと結婚する割合は日本では一時期は2割を超えていた。ちなみにアラブ諸国では3割、ユダヤ世界では2割に達する。内婚率の高さはその国の閉鎖性の指標となる。

直系家族の多い社会では閉鎖性があるが柔軟性と継続性を持つ。これは世界の発展にとって重要な要素であり農業技術向上で打つを継承していくのに向いているし、近代化に不可欠な交流や軍隊を作るのにとてもマッチしている。しかし社会全体が継続性を重視するようになり、組織が硬直化したりといった問題が発生するようになる。

明治維新で中心的な役割を果たした薩摩藩や日本の西南地域の人々は、直系家族とは違った家族形態を持っていた。彼らはナショナルな破壊的な傾向をもたらした。筆者らの分析では西南地域には中世の家族形態が残っていた。一方東北の会津藩では現状維持を刷り込まれるような風潮があった。

日本が最も性愛に奔放だった時代は万葉集の時代。しかし一方で核家族化が進んでも帰省ラッシュが発生したり、親を養うと考えている人が多かったり、直系家族的な価値観は温存されている。現在の日本は経済的な相続や恋愛は万葉集のころに戻っているけれども、結婚と親については直系家族のままというのが現在日本の姿。

現代の日本では上の世代への責任をどう取るかという話が多く、下の世代や将来世代への投資が疎かになっている。

日本の政治が取り組むべき最大の問題は経済ではなく人口の問題。

第11章 トッドが語る日本の天皇・女性・歴史