日々是書評

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【感情は欲求と充足との合間に】すばらしい新世界 - オルダス・ハクスリー

レビュー

ジョージ・オーウェルの「1984年」と並び、ディストピア小説の祖とされる「すばらしい新世界」。ついに読むことができた。

発刊はなんと1932年。とても古い。とても古いのにそれを感じさせないのは、やはり大森望さんの訳が良いからかな。現代小説のようにさらさらと読めてしまう。文量も300ページほどなので、サクッと読めてしまうと思う。

内容については、ディストピア小説であることは確かなのだけど、どこか明るい雰囲気がある。人口管理、階級社会、感情抑制…という設定にはおぞましいものを感じるけど、実際の登場人物はどこか現実味がない。ぽけーっとした人々。

それもそのはず。個性と孤独と感情を排除した社会なので、人々は幸せであることを強制されている。それは条件付けとして、人間が「製造」される過程で深層心理に叩き込まれる。

「ソーマ」という副作用のないドラッグが推奨されていて、辛くなったらそれを飲む。という設定も浮遊感を演出している。

それは世界にフィットした人間にとっては恐ろしく完璧な状況。けれどやはり、はみ出してしまう人間がいる…というのがこの世界での良心部分かな。

作中では2人の男性が、それぞれの苦悩を抱える。水準を上回ってしまった人間と、下回ってしまった人間。彼らは「精神過剰」に苦しむことになる。

幸せを布教してくる世界にすっかり辟易している二人。そんな彼らにも救いがある。平均を逸脱した人間は、アイスランドのような辺境に左遷される、ということが世界統制官から明かされる。

1984年のような完全無欠な管理社会ではないことが分かり、ホッと一息ついてしまう。と同時に、同作の異常性がより際立った。

また、「保護区」が登場するあたりから、より夢中になって読めた。保護区では管理社会の外側として、「野人」が生活している。

しかし、保護区にもアウトサイダーがいた。かつて保護区に迷い込み、そこで出産をした女性がいた。その息子は、自身のアイデンティティに深く悩むこととなる。

そんな彼と、先述の、水準を下回った人間が出会う。違う世界のアウトサイダー同士が出会い、世界を揺らがすというのは好きなタイプのストーリー。

野人の青年を連れ帰った彼は注目の的になる。初めて好意的な扱いを受けた彼は気を大きくする…というのは非常に人間臭い。ディストピアという設定で完結せずに、きちんと「物語」している。

それから、ふんだんにシェイクスピアが引用される。また、キャラクターの命名が偉人にちなんでいる(マルクス、ワトソン、ダーウィンボナパルト、など)。そんな細かいギミックも良い。

感情は、欲求と充足との時間差に潜んでいる。

というのは本当にそのとおりだと納得。充足しすぎるのも考えものだ。

総評としては、面白く読めた。確実にディストピアの世界観だし、そこにたどり着くまでの社会実験が明かされるのも良い。だけど、暗くなりすぎないので寓話的に読めてしまう。一般読者にオススメしやすい本かな。

星評価

★★★★☆

今回紹介した本