レビュー
大変面白かった。「地域医療」とのことで、なにか個別具体的な書籍かなと思ったけど、そうではなかった。 薬学・薬局業界が辿ってきた歴史について、概略を把握することができる。
筆者は実家が薬局で、自身は元・外科医。現在は薬局経営を営んている。 その見識の広さに下支えされた1冊。
薬局3.0とは、地域医療と一体化した新しい世代の薬局。これからの薬剤師は、データとデバックによりPDCAを回していく。ある意味では、当たり前のことをしていく、とも言える。
さらに、筆者に語り口もよかった。文章は読みやすく、寓話が挿入されたりもする。中には、過去の体験に根ざしたエモい文章もあったりして、読んでいて胸が熱くなるような思いだった。
自分のような業界初心者にとっては、非常に入門的な良書だったと思う。
引用・抜粋
総論
医療従事者もプログラマと同じく生涯勉強なんだなと思った。むしろ人命が関わるからこその緊迫度がある。 筆者は、内視鏡手術や移植手術の黎明期に携わることができたのをラッキーと捉えている。医療の世界でもそういうパラダイムの変わり目があるんだなぁ。
在宅や地域医療と言われてもピンと来なかったけど、なんとなくイメージは掴めてきた。高齢化・病床不足と言ったバックグラウンドがあるのか。さらに、外傷や感染症といった急性疾患から、生活習慣病といった慢性疾患へ、という疾病構造の変化がある。
日本には「死」へのタブー視があるというのは理解できるポイント。
医療需要は変わることなく、医療の現場が在宅・地域へとシフトしているという事情がある。キュアからケアへ。主役として医療から、支える医療へ。
宮沢賢治の詩ではありませんが、「東に辞めたいという薬剤師がいれば、お願いだからそんなことは言うなといい、西に分業をやめるぞという医師がいれば、お願いだからそんなことは言わないでと懇願し…」 笑ったw
残薬の問題について。対処できれば莫大な経済効果が見込める。 また、問題が改善しないのにDo処方してしまう事象について。残薬の存在は医療的なPDCAが回っていないことの表れでもある。
各論1 薬剤師を取り巻く環境の変化はイノベーションのチャンスである
2000年代初頭、薬学教育課程は4年から6年制へと法改正された。医療人としての薬剤師が期待された。
6年制教育に託された夢、とても熱い。
EBM とは Evidence Based Medicine。
筆者が研修医だった頃のエピソード。病院の薬剤部はひっそりとして別の空間みたいだったというの。アンサングシンデレラを見ていたから、イメージが湧きやすかった。
日本人バレリーナの言葉「1日サボれば自分が分かる、2日サボればコーチが分かる、3日サボればお客様が分かる。」
そうか、在宅は医師の指示から始まるのか。(自発的なこともあるのかな 「自宅まで薬を届けてくれ」「飲みやすいように一包化して持っていってくれ」「せっかく訪問するならバイタルも測ってくれ」 しかし、医師が処方して、薬剤師が調剤する、という構図自体は変わっていない。
マラソンのランナーは患者であって、薬剤師はそのサポーターたるべき。
医者には、疑義照会に答える法的な義務はない。理論武装して意見が食い違うと、医者との軋轢を生んでしまう可能性も。 薬剤師が医療の世界に踏み込みすぎると、医師法に抵触…?
薬剤師のキャリアパスについて。医療的な限界を感じて、医学部に進むコースも。また、介護のようなケア部門に進むことも。あるいは、薬局経営に乗り出すパターも。しかし筆者は、それでは薬学部で学んだ専門性が活かせないのでは?と疑問視。
各論2 薬剤時に求められていることは、患者・薬剤治療に寄り添うこと
チーム医療において、薬剤師はそのリズムが合っていない。調剤して薬を渡して終わり、になっていないか。 処方箋受付から薬の受け渡しまでの時間を短くすることばかりに注力していないか。
外科医時代の筆者のエピソード。患者から「いつ楽になるのか」と聞かれ、答えられなかった。若手薬剤師に聞いたところ、処方する薬の性質上、3日くらいで効果が出るのではないかと。専門性の違い。
カルテの記載について。医師法24条1項「遅延なく記載する」とある。
薬歴記載に過去と現在の記録ではなく、未来の予測を書くことで、薬剤師のマインドが変わる。
薬効測定のために、適切なデータが必要だとしたら、薬剤師自身がバイタルを測る、などどいった行為は意義がある。
ロボット化の波は調剤室にも及んでいる。調剤はどんどん自動化されており、服薬指導もまた自動化されるかもしれない。
薬局は立地が大事。病院に近いほど処方箋受付が増える。とはいえ、それは本質ではない。強豪大手とのパイの取り合いになってしまう。
大手とは、アインファーマシーズ、日本調剤、総合メディカル、アイセイ薬局など。この辺の社名はもう覚えちゃった方がいいんだろうなぁ。
医療機関の開業に関して、診療圏調査、というのがあるのか。診療圏、という言葉を初めて知る。
外来患者の数は減少傾向にある。1日あたりの外来患者数は180万人から140万人になり、およそ2割の減少。外来患者ほどではないにしろ、入院患者数も減っている。
しかし、患者数が減っているわけではない。高齢化による通院の困難、長期処方による来院頻度の低下、などが背景にある。
薬局3.0とは、地域医療と一体化した新しい世代の薬局。薬局1.0とは、街の薬局。2.0は医薬分業に端を発した調剤薬局。 薬局に来ない患者を相手にする時代。
各論3 イノベーションに大切なこと
情報時代になり、薬剤情報の提供者としての薬剤師の価値は低下している。調べれば知ることのできる時代。
パレートの法則とは、20:80の法則。薬学で言えば、2割の薬学知識を得られれば8割の患者に対応できる。しかし残りの2割の患者に対応するには、残りの8割の知識も必要となる。
患者が欲しいのは薬ではなく、健康。なるほど。そこにネット販売への勝機がある。薬をどうやって手に入れるかという議論から、症状をどうやって良くするかという議論へ。
薬剤師の強みの1つは、「乾きもの」ではない情報の提供。
薬学部で学ぶことは薬理学、薬物生態学、製剤学など。それは要するに服薬後の話。実際の業務では服薬前、つまり処方箋の応需、服薬指導、薬歴記載といった知識が必要。座学と実務で乖離がある。
歯科と薬にはあまり関係がないように思われているが、口腔のケアという意味では薬は重要。口の渇きという副作用を持つ薬は700種類。口が乾くと、嚥下が難しくなり、処置が完了しないことになる。
医師は「熱冷まし」「吐き気止め」といった効能で薬を見てしまい、必要に応じて足し算的な処方をしてしまう。一方で、薬剤師は副作用に着目できるし、不要な薬は引き算できる。
薬剤師3.0とは、PDCAを回せるようになること。バイタルチェックは手段でしかない。前回処方の妥当性評価(Check)、次回処方への提案・介入(Action)に活かすことが大事。要は、当たり前のことをする。 薬理学は薬剤の作用メカニズムを、薬物動態学とは体内に薬物が投薬された後の働きを、製剤学は薬剤を効果的・効率的・安全に体内に投与するための剤形に関する学問。これらが「謎解き」に寄与する。 本質的な部分は、薬学的専門性に基づいて、患者の状態を理解する「謎解き」能力を理解すること。
「謎解き」能力を高めれば、摩擦なく医師に適切な処方提案ができるようになる。
「出した薬に責任を持つ」
医療業界に調剤だけではなく、薬学の視点を持ち込む。これによって、多剤併用や薬害への対処にもなる。
キャズムの話は知っていたけど、イノベーションの知覚特性というのは初めて知った。