日々是書評

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【正常は発狂】消滅世界 - 村田沙耶香

レビュー

村田沙耶香を読むのはこれで二冊目。一冊目は言わずとしれた「コンビニ人間

さて、消滅世界のあらすじはいたってシンプル。

「セックスではなく人工授精で、子供を生むことが定着した世界」

夫婦間のセックスはおろか恋愛感情すらない。恋愛は別の人と行うもので、夫婦はお互いの恋愛を報告し合ったり、応援したりさえする。そんな世界。

このテーマだけ聞くと、不可思議ではあるけど思いつきやすそうなテーマではある。けれど、村田沙耶香の筆力が読ませる。

まず、無駄が少ない。無駄な風景描写や、余計な心理描写が少なくて良い。その結果、本書は300ページに満たない文量となっている。スラスラ読めてしかし考えさせられるのは「コンビニ人間」から変わらず。

以下、各論。

愛の多様化

この小説では、恋愛や性愛が夫婦間から解放された。その結果、アニメキャラのような対象との恋愛・セックスが相対的に異常なものではなくなっていたのが面白かった。

また、登場人物が未実現の同性婚に対してカジュアルに賛同しているのも高ポイント。

常世界の異常人物である母

この世界だって昔はセックスがあった。主人公の母はそんな旧体制から抜け出せずに人工授精という選択肢を取らなかった。そんな母は奇異で正常ではない人物として描かれる。

だけど読者としては母に共感して止まなかった。この異常な世界で異常人物として扱われる(つまり僕らから見て正常な)母の孤独に、寄り添ってあげたくなった。

実験都市

実験都市となった千葉県では、夫婦や家族という概念が取り払われている。親はすべての子供の「おかあさん」であり、子どもはすべての親の「こどもちゃん」である。

物語の前半、主人公たちが実験都市に想像を巡らせる。異常な世界に住んでいる彼らが、別の異常に慄く様はなんだか可笑しかった。

そして実験都市に移住することにした主人公たち。「赤ちゃんカフェ」という描写は言い得て妙。自分にとって非常にグロテスクな世界に思えた。

夫の彼女はなんだったのか

中盤は少し中だるみ感が否めない。

夫の彼女のくだりはよく分からなかった。読み落としかもしれないけど。

ラストシーンについて

主人公と「こどもちゃん」がセックスを「つくる」。

あのシーンは一体何だったんだろうと少し考えてしまった。

そして思い至ったのが、あのセックスは新しい世界の目覚めなんじゃないかと思った。

管理社会であるはずの実験都市で、全く想定外の事態であるセックス。それはとても異物なんだけど、文中で書かれている通り、現在の世界は新しい価値観への「途上」でしかない。現体制の次にはまた新しい体制が待っている。

「人工授精がふつうの世界」→「こどもちゃんがふつうの世界」→「??」

と、更なる異常な世界への幕開けとして、ラストシーンを描いたんじゃないかと考えた。

そしてそのきっかけが主人公であったのはちょっとホラー的で皮肉的だ。その萌芽は旧体制の母が植え付けた病理をもとにしているから、そこにまた強力なメッセージを読まずにはいられない。

総論

総論は、文中でのこの一言に尽きるのかも。

「正常ほど不気味な発狂はない」

この小説もまた、普通とは何かを問いかけてきた。僕らの世界の正常は、きっとあやふやな基盤の上に成り立っている。

村田紗耶香はせっかく忘れていたその事実を剥がして、剛力で撹乱してくれる。

結局、皆が正しいと思っていることを、正しいと思っているに過ぎない、まさに宗教。

やっぱりこの作者は面白い。

星評価

★★★★★

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